古川令

ズレの概念の大切さ

 ダイ・バーノンの有名な言葉に“Be natural”があります。マジックの演技における自然さ、その人らしさの重要性(不自然=不思議でない)を一言で表した名言ではないかと思います。もし私のレベルで何か一言で自分が考えるマジックのポイントを表すとすれば、「ズレを作る」という事かと思います。

ズレたロイヤルストレートフラッシュ

 ここで言う「ズレ」とは、観客の思考と実際とのズレで、具体的には、距離、時間、そして感覚的なものまで含みます。例えばリンキングリングで言えば、実際につなげる場所と、観客がつながったと思う場所のズレがポイントですし、プロダクションであれば、例えばスティールから出現までの時間的なズレが効果的です。スティールの際のミスディレクションも、スティールの場所から観客の視線を逸らすという意味でズレを作る動作と考えています。このように書くと、「知っているよ」とお叱りを受けそうですが、スティールしてからパスするようなワンアヘッドの考え方などをわざわざここで紹介する意図はありません。心理的なズレ(ギャップ)をいろいろな形で組み合わせる事が大事だと考えているので、そのあたりの話を少し書きたいと思います。

 心理的なズレとは、観客の予想と実際の状況や現象のズレのようなものです。例えば、道具を使ったプロダクションで、観客がこの程度は出るかな?と想像する量に対して、それ以上の量で圧倒する事も「ズレ」の効果と思います。ミリオンカードで言えば、バックパームまでは多くの観客は知っていますので、1枚のカードを投げ上げてバックパームで消した後、手からカードを出現させても、それは観客の想定内です。しかし、そこからさらに続けてカードが出現すれば、それは観客の予想外なので驚きます。プロダクションで言えば、最後にドーンと出現して終わりを意識させた後で、さらに続けてダメ押しのプロダクションでのフィニッシュなどの有効性もその一例です。現象や手順を考える際には、そのような心理的なズレを意識的に作る事が大事と思います。

 例えば私のミリオンカードでは、「え!まだ出るの! え、うそ!まだ出るの!」という観客の思考が追いつかないような心理状態を目指しております。ファンプロダクションで言えば、数回のファンプロダクションでは拍手は少ないですが、10回を超えるとコンテストでも会場が沸きます。ここには、観客の想像を超える回数を出現させる技術での解決策が必要ですが、別の見方として、仮にファンを10回出現させる場合、同じ10回でも、どのような見せ方がより沢山に、不思議に見えるか?というも重要と考えています(この部分はまだまだ研究の余地があり、今後の課題です)。

 ジャグラーが、実は本人には簡単にできる技を、演じる前には如何にも難しそうに見せて観客をはらはらさせるのも、心理的なズレを作るテクニックと思います。この場合も、観客に「簡単にできるのに、わざと難しそうに見せている」と見抜かれたら効果が半減するので、理屈は簡単でも、見せ方は決して簡単では無いと思います。いかにも難しそうに見せる方法について考えていくと、避けるべきは「わざとらしい動作」でしょう。ここでもダイ・バーノンの言葉の重さを再認識させられます。

アメリカ駐在時代に、実際におつりで受け取った1$札です。
残念ながら、アメリカのお札ではこの程度のズレでは希少価値はないそうです(笑)

ユホジンのレクチャーに参加して        勘違いのズレ