平川一彦

私とエド・マーロー
第1回

<マジックのきっかけ>

 私がマジックに出会ったのは、小学4年の時に担任がホームルームの時間に毎日のように手品を見せてくれたのがそのきっかけでした。

 その頃はマジックではなく“手品”という言葉しか知りませんでした。最初に覚えた手品はデパートの手品売場で買い求めたコインマジックです。確か― 10円玉4・5枚を青い容器に入れて、まずその容器を右手に移して、右手を握って開くと容器の中の数枚の10円玉が全て消えて、左手にいつの間にか移動している ―というものだったと記憶しています。

 これを学校で見せたら皆が非常に驚いたので、ますます手品をやりたくなり、学校が終わるやいなやデパートに行ってはディーラーの実演を見るのを楽しみとしていたのです。中学の時にある雑誌でアダチ竜光著の手品の本の事を知り、それを手に入れて、そこから“奇術種あかし”(柴田直光著)や“奇術研究”(力書房)と、次々と本で覚えていきました。

 あるとき、いつものようにデパートの手品売場へ行った時、そこで一人の運命的なディーラーに出会い、そのディーラーが演じているコイン、ボール、シンブルの素晴らしいテクニックに目を見張りました。私が今までに見たこともない、聞いたこともないやり方だったので、この人は宇宙人ではと思ったくらいです。それ以来、私は勝手にこの人の自称一番弟子と決めつけて、ほとんど毎日そこへ行っては、ディーラーの演技に見とれていました。もちろん、現在も師匠として慕っています。

<マーローへの傾倒>

 大学生の時に、日本橋高島屋の手品売場で故高木重朗先生と知り合い、初めてマジックの原書というものを知りました。当時はタートル商会という洋書店が高島屋に出店していましたが、そこで初めて買った原書はG.E.カプランの“ザ・ファイン・アート・オブ・マジック”で、その事を後日高木先生に話したところ、「あなたはものすごく良い本を買われました。それはマジックの基本というべきものがたくさん載っています。」と言われて有頂天になった記憶があります。

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 以来、さまざまな場所で高木先生にマジックを見せてもらい、また、先生から原書― マーローの“ティルト” ―をプレゼントしてもらいました。これが私とマーローとの最初の出会いになったのです。

 今ではカードマジックでポピュラーな必須技法の一つですが、発表された当時はマジック界に大きな話題を呼んでいたのです。その“ティルト”を読んで、それはもう、ビックリ!そこには今まで自分が読んでいた日本の手品本・奇術本とは雲泥の差がありました。ここから無条件でのマーロー本の買い漁りが始まりました。

 トリックが優れているにも関わらず、その良さを伝えきれていない本は数知れません。その中でマーローはテクニック、トリックのみならず、詳細に解説しています。例えばテクニックでは指一本の力の入れ具合から関節やシワの使い、手の平のどこにネタをどの位の力で位置するのか、また、それをどのように向けるのか、また、口をどんな形にして歯をどの位見せるのかなど、心理学的、論理学的に解説されています。他にはトリックを完成させるために必要なユーモア、ウィット、ミスディレクション、マジシャンのステージマナー、音楽、照明などが詳解されています。

 こんな実例があります。私がマーロー本でカードトリックを練習中、次のように書いてありました。

 あなたは、ここで手の動きを止めて、首から上だけを相手に向けて、しかもアゴをほんの少し斜めに上にあげて、唇を少し開いて、中の白い歯をチラッと見せてニヤッと笑いなさい。そうすれば、客は必ず喜んで拍手をすることでしょう。

 私はその通りに客に演じて見ました。するとどうでしょう。マーローが言っていたとおり、客は、オー!と言って拍手をしたではありませんか。そこには心理的に相手を喜ばす、くすぐるパワーが出ているのでしょう。

 マーローがこのように素晴らしいなら他の著者の本も凄いと思い、何冊もの原書を読んだり、洋書売り場で内容を確認しましたが、どちらもマーローほど感動しません。それらは単にテクニックやルーティーンの解説が主たる著述だけだったからです。最初に受けたマーローが、あまりにもインパクトが強かったせいかもしれませんが・・・。

 マーローと比較すると、詳細さに欠けている点は明らかです。かと言って比較したその本に価値がないということではなく、記述手法、研究内容、研究姿勢においてマーローがあまりに優れているということです。世界中にマーローファンが現れたのも頷づけます。この辺から、私は基礎、基本ということを考えさせられる事になりました。

 そこで私は故高木重朗先生に、マジックの基礎と基本となるような原書について聞くと、先生はニコッとして、「いいところに気が付きましたね。何事もそうですが、マジックの基礎、基本を知らないといくらやってもダメです。」と言って、ボボの“モダーン・コインマジック”とエルドナーゼの“ザ・エキスパート・アット・ザ・カード・テーブル”を推薦してくれました。

 すぐにその2冊を買い求め、再び充実した内容に感嘆させられました。そこに載っていたカードとコインの基礎、基本テクニックは、私が最初に見た、ディーラーが演じていたものと全く同じだったのです。改めてそのディーラーのすごさに感心したのを今でもしっかりと覚えています。そして、この二冊とも、マーロー同様に詳解してあり、これが基本だとつくづく思わされました。

 一方、この頃の日本の手品本は基本、基礎などを系統的に書かれたものはほとんど見当たらなく、原書(良書)との差は歴然としていたのです。そのため、マーロー以外の多くの原書も読みあさるようになりました。

<マジックの“古い”“新しい”>

 また、明けても暮れても原書に夢中になっていたこの頃は、都内の各デパートに手品売場があり、天地、天洋、日本奇術連盟のディーラーがそれぞれ実演販売をして、直にマジックの不思議を見せていました。そのディーラーの演技を見るのも嬉しいと同時に楽しみの一つでした。

 現在はディーラーのいるデパートの手品売場は少なくなり、独立した店や手品の道具だけが置いてある100円ショップや家電販売店などが出現し、小学生時代からずーっとデパートのディーラーの実演を見て来た私には寂しい限りです。

 ある時、デパートの手品売場でこんな事がありました。その時はちょうどディーラーが昼食で売り場が休憩のときです。私は隣の売り場の女性店員にエルドナーゼのワンハンドカラーチェンジ(“トランスフォーメンションズ・ワンハンド”1.2)の1を見せました。

 後日、そこへ行くとその女性店員が私に、「あなたが帰ってから、ここのディーラーにいつも来る人が片手でカードのカラーチェンジをやった。」と言ったら、彼は「そんな事はない、カラーチェンジは両手でしかできない、不可能だ。」と言ったんです。でも、私はその人は片手にカードを持って上下に振ったら、見えていたカードがパッと違うカードに変わったと、見たままを彼に言ったのですが、彼はどうしても信じれてくれなかったと話してくれました。

 当時は原書でマジックをやっている人は少なかったようで、そのカラーチェンジは見たことがなかったのでしょう。そのチェンジを他の所で見せても、知っている人はほとんどいません。現在でも、それを見せると超マニアと言われる人でも感動しています。

 いわゆる、マジックは“古い”、“新しい”という事に関係ない事が分かります。どんなにマジックを知っている人でも、そのマジックを知らなければ、見た事がなければ、その人にとっては新しいものなのです。

<マーローのDVD>

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 今のようにビデオ、DVDはなかったので、マジックを覚えるには、日本の手品本を見る、仲間との見せ合い、ショップでネタを買う、先生に教わるぐらいしか他に方法がありませんでした。今は便利です。ビデオ、DVDは見ていますが、ふと考えることがあります。見ていて、原書ほど詳細に解説はしていないということが分かったのです。しかも、これらを見ると、それだけで、そのマジックが理解できた、覚えられた、身についたと錯覚してしまうのではないか、また、映像を見ながら練習はしないようになるのではないかと思えるのです。

 その点、原書から入ったおかげでDVDとそれとで、一緒に覚えられ、内容が実に良く伝わってきます。もし、DVDで覚えるのでしたらルーティーンやトリックだけでなく、パフォーマーのミスディレクション、プレゼンテーション、トークのタイミング、間なども見逃さないように見ることでしょう。

 というのも、市販されているDVDのマーローを見て、これがそのマーローと、鵜呑みにしてしまう人もいるからです。マーローがそれまでに創りだしてきた世界を知るだけでも、見方ががらりと変わります。

                                  第2回