氣賀康夫

基本技法1.パーム(Palming)



 英語で書かれた最も古い奇術の本としてReginald Scot著
The Discoverie of Witchcraft (1584年)が知られています。
 この本は現在の奇術解説書の前身とも言うべき書であり、 「妖術の発覚」という書名のように中世の魔術、 妖術の解説をする内容のものであり、その目的はキリスト教が 中世の魔女を処刑することの過ちを批判することにあったとされています。
しかし、現在の奇術の解説に近い内容が書かれています。

 この本の「お金の技」の章に「右手にコインを密かに隠し持つ手法(訳注:パーム)と右手に持っているコインを左手に手渡すと見せかけて実は右手に保つ手法(訳注:バニッシュの前提となるフェイクパス)とができれば何百(訳注:多数という意味)のコイン奇術ができるようになる。」という記述があります。
 今から400年も前に、この著者がコイン奇術の必須技法はこの二つの技法だと喝破しているということは注目に値します。 近代コインマジックではそのほかにもしばしば使われるその他の技法もありますが、Scotが重視したこの二つの技法が最も大切な基本技法だということは現代も通用する事実です。 そこで、まずその第一の技法である「パーム」について解説をすることにいたします。

1.クラシックパーム(Classic Palm)

 このコインの隠し方は大切な基本技法です。ただし易しい技法ではありません。ほかのパームと比べて難しいという理由で、それを避ける人もありますが、この技法は避けては通ってはいけない重要な基本技法です。<写真1>にコインが右手のクラシックパームされている姿をご紹介します。コインは手の親指の付け根にある肉の部分(thumb baseと呼ぶ)と掌の反対側の小指側の肉の山とに挟まって保持されます。
 このときコインを中指の根本の肉と手首に近いところの肉に挟むのはよくありません。それですと力の方向が基本の持ち方と直角になってしまい、極端な場合には手がこぶしのところから折れ曲がってしまいます。<写真2>

写真1
写真2

 なお、クラシックパームのためには手の筋肉が緊張して固くなっているのがよいと考える人もあるようですが、研究家の二川滋夫氏は手の筋肉はリラックスさせておいて柔らかみがある方がコインを保持しやすいと指摘しています。これは正しいと思います。
 <写真1>を裏から見た姿が<写真3>です。これがリラックスしたごく自然な手の姿です。
 クラシックパームでは無理に手を広げるとヤツデの葉のようにするのは困難としても、熊手のような<写真4>のように指を開くことは可能です。しかし、普通はこのような姿勢の手はかえって怪しい手に見えるということを覚えておいてください

写真3
写真4

 このように開いた手が有効なのはたまたま手をテーブルにつくとき、<写真5>、 その手でグラスを上から持つとき<写真6>それとコインを投げて消した!という演出をする一瞬 (そのあと、ただちに手を<写真3>の姿にする必要があります。)など、むしろ例外的です。

写真5
写真6

2.フィンガーパーム(Finger Palm)

 フィンガーパームはパームの基本形です。コインを隠す位置は薬指の一番掌寄りの指骨の所が標準です。
<写真7>はハーフダラーをパームしたところです。コインが大きいとコインの位置が少しずつずれます。
<写真8>は1弗銀貨の場合です。

写真7
写真8

<写真9>はクオータ(25セント貨)をパームしていますが、 この写真ではコインの位置が真ん中の指骨のところになっていることにご注目ください。これは変則的フィンガーパームです。
<写真10>をよくご覧ください。 これは<写真9>の変則的フィンガーパ―ムで保持したコインが全く見えない状態のままその指先にもう一枚のコインを持って示しているところです。 この手はどう見てももう一枚コインを持っているようには見えないという特色があります。 この手法をラムゼーサトルティと呼び、たいへん応用範囲の広い優れた作戦です。

写真9
写真10

 フィンガーパームの特色はそのまま手の力を緩めるだけでごく自然な手の姿が実現できることです。 拇指の食指の間を十分あけることが可能であるという利点もあります。強いて欠点をあげれば、指と指の間を開くことが許されないという点でしょう。 なお、フィンガーパームしているときの手の姿勢は、すべての指の力を抜いてリラックスさせて、その拇指が食指、中指の先につきそうなくらいの姿が自然です。<写真11>を参照ください。
 なお、二川滋夫氏は<写真12>の姿が自然であると指摘し、この手を「ものを摘まむ手」と称しておられますが、確かにこの手も自然に見えると思います。

写真11
写真12

3.サムパーム(Thumb Palm)

 このパ―ムはなかなか利点の多い便利なパームです。<写真13>にその姿をお示ししておきます。コインは拇指と食指の間の位置になるthumb Crotchというところに挟み持たれた状態になっています。ただし、コインが掌と直角になるのではなく、どちらかというと掌と平行に近い方が観客から見えにくいと思われます。
 このパ―ムの最大の利点は5本の指をまっすぐに伸ばすことができるという点です。 <写真14>がその姿です。 ただし、この姿が一番自然だというわけではありません。

写真13
写真14

 裏から見て自然なのは<写真15>のような姿でしょう。 無理して手指を伸ばし、指と指の間を開けようとすると<写真16>のところまでは許される姿だと言えるでしょう。

写真15
写真16

それを超えると<写真17>のようになりますが、ここまでくると指の間隔が不自然になります。 このサムパ―ムの欠点は拇指と食指の間をあけることができないという点です。

写真17

4.ダウンズパーム(Downs Palm)

 以上に説明した三種類のパームが基本中の基本です。それに準ずる大切なパームとしてダウンズパームを説明しておきましょう。 ダウンズパ―ムはコイン奇術の名人であったNelson Downsが愛用したパーム法です。 コインを隠す位置はサムパ―ムと似ていて拇指と食指の間のThumb Crotchの位置ですが、コインは拇指と食指を丸めて形成されるU字状の空間に保たれることになります。 <写真18>を参照ください。
 このパ―ムはもともと舞台で演ずる奇術のために考案された技法です。 演者が手を右に手を伸ばしたとき<写真19>の姿にみえて、コインは完全に拇指の陰になっており、手が空に見えるのです。 なお、ダウンズパームした手を甲の方からみても<写真20>のような自然な姿に見えます。
<写真19>の手を返して<写真20>の姿(上下が反対)にしてもコインは見えません。

写真18
 
写真19
写真20
写真21

 ただし、そのように動作するときには、その途中ではコインがちらつかないように手を<写真21>のように構えるのがいいでしょう。 舞台ではこの一連の動作でコインを隠した手があたかも空であるかのような印象を与えることができるというわけなのでした。
 ダウンズはコイン数枚をダウンズパームしておき<写真20>の姿勢から指の操作でコインが一枚ずつ空中から出現するように見える手法を開発したのでした。

 写真22(A)~(D)にその過程をお示しします。

写真22 A
B
C
D

 Aから食指と中指を丸めてコインを挟むようにして、Bから今度は中指の摩擦で下側のコインを、Cの拇指先まで持ってきて、Dでそれを立てることによって指先に出現させます。 なお、ダウンズパームは舞台向きのパームでありますが、クロースアップマジックでも有用な手法であり、多用されております。

5.その他のもろもろのパーム法

 以上のほかの特殊なパームを簡単にご紹介しておきましょう。これらのパームは特に心がけて多用するという必要はありません。特殊な状況で上手に活用すると他の方法では実現できない効果を生むことがあるというメリットがあります。だからと言って、乱用はしない方がいいと思います。

(1)フロントパーム
掌側の指でコインを保持する手法です。<写真23>
(2)フロントフィンガーホールド
フロントパームと似ていますが、指先の方でコインを保持します。<写真24>

写真23
写真24

(3)パースパーム
これはフロントパームの一種です。コインを保持する位置は指の手元に近いところです。<写真25>

(4)エッジパーム
クラシックパームと似た位置にコインを保持しますが、コインが掌からある角度を持っている状態になります。<写真26>

写真25
写真26

(5)フィンガーチップレスト
この手法は、通常はパームとして分類されることは少ないのですが、たいへん有効であり応用範囲の広い手法です。 コインが中指の先、あるいは中指と薬指の指先の肉の上に休んでいる状態です。<写真27>
 一旦この位置にコントロールしたコインを次にほかのパームに移行するために用いることもあり、 フィンガーチップレスト単独で活用することもできます。大変重要な手法です。

写真27

(6)カールパーム
これは一本の指を丸めてコインを保持する手法です。小指でカールパームすることもできますが、薬指で実行する方がバランスがいいと思います。
<写真28A>は演者から<写真28B>は観客から見た姿です。

写真28A
写真28B

(7)ピンチ コインを指と指の間に挟んで隠し持つ手法です。<写真29> (8)バックパーム 手の裏にコインを隠し持つ手法です。<写真30>

写真29
写真30

(9)バックサムパ―ム
サムパ―ムと同じことを手の裏側で実行する手法です。<写真31>
(10)バックピンチ
ピンチを手の裏側に実行する手法です。<写真32>

写真31
写真32

(11)天海ゴーシュマンピンチ
バックピンチの一種ですが、小指と薬指の間にコインを保持するという手法です。 コインは薬指の裏に寝ている状態になります。<写真33>

写真33
(12)新ウィルソンパーム
 ウィルソンパームというのは最近注目を集めている技法であり、掌側を観客に向けて、拇指と食指でものを摘まむような姿勢を取りますが、その他の指は段階的に広げた姿でありどこにもコインの隠し場所がないように見えます。実は指の裏にコインが隠されます。
 筆者は中指の真ん中の指骨でコインを支える方法が一番自然に見えると考えております。<写真34A>
 なぜ、このようなおかしなパームをするかというと、観客に掌が見えるような位置に構えるととてもコインが隠されているとは思えないという特徴があるからです。 <写真34B>参照

写真34A
写真34B

 以上、基本的パームとその他の各種のパームについて概説しましたが。 ここではコインが所定の位置におさまった状態をお示しするにとどめました。 実は、どのパーム法においても、普通に持っていたコインをどうやってその所定の位置に持ってくるかというその動的な作業が極めて重要です。 基本のパームに関してはその点については次回詳しく検討することにいたしましょう。

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