氣賀康夫

パームの活用による
「嘘のコインの手渡し( Fake Pass)」


 前回はReginald Scotが基本技法として言及した二つの手法のうち「パーム」という第一の技法を解説しましたが、もう一つの第二の基本技法は「嘘の手渡し」です。Boboはその著書でこのテーマを「コインの消滅(Vanish)」と題して論述していますが、「消滅」というのは観客側から見ての効果を指す表現ですので、術者が実行する技法の本質を十分表現しておりません。術者側から見たこの技法は次の内容です。
 「一方の手に持っているコインをもう一方の手に手渡すと見せかけて、気づかれないように最初の手にコインを持ったままにする手法」 そこで、ここでは、この技法を「嘘の手渡し」(Fake Pass)と呼ぶことにいたします。ところで、第一の基本技法パームを実行する方法を上手く活用すると、その応用としてこの「嘘の手渡し」の効果を上げることができます。そこで、今回はパームの基本として取りあげた四種類のパームの実行方法とそれを活用した「嘘の手渡し」の方法を説明することにいたします。

1.フィンガーパーム

 最も基本的な方法として、フィンガーパームを活用する方法から説明を始めましょう。 最初に観客から見たところをお示しします。テーブルに1枚のコインがあるとします。 術者は右手でそのコインを取りあげます。<写真1>左手はまだ休んでいます。 次に、左掌を上に向けて<写真2>右手のコインをそこに置きます。<写真3>

写真1
写真2

写真3

 そして、左手はそれを握って保持します。<写真4>
以上が基本動作の流れです。ここまで来たら、コインを持っているはずの左手を広げるとそこにはコインがなく、 コインが消えた印象を与えることができます。<写真5>
ここにお示しした動きは、以下のご説明する3種類の「嘘の手渡し」においてもほぼ共通の基本的動作のイメージです。

写真4
写真5

 次に、術者が実際に舞台裏で何をするかを説明します。まず、右手の拇指と食指、中指でテーブルのコインを取りあげます。<写真6>このときの注意事項は右手だけで動作を行うという原則です。技法がやりやすいように左手で使ってその持ち方を調整するのは禁物です。これはすべての「嘘の手渡し」に共通の大切な注意点です。ここで指先のコインを観客によく見せます。次に右手がこのコインを左手に手渡す動作に入ります。最初は、左手は掌を下向きにしてテーブルに休んでいるはずですから、右手のコインが左手に近づいてくるのにタイミングを合わせて、左手の掌が上を向くように姿勢を変えて手を広げることにします。
 <写真7> ただし、このとき左手は平皿のように平にするのではなく、指が軽く曲げられた姿勢が最も自然です。すると左手の指が一種の壁のような役割を演じてくれるので、その後ろで行われる秘密の動作が観客に見えないようになります。

写真6
写真7

 そこで、右手は指先のコインを左手の指の付け根のあたりに置く動作をします。 ただし、本当にコインを置くのではなく、左手の拇指側の丘部でコインを右方向に押し、右拇指がコインの左端に来るようにしておいて、その拇指で指先のコインをさらに右に引いてコインの位置を変更します。
 どのように変更するのかと言うと、コインが中指の指先から薬指の手元の指骨のところに来るまでの移動です。<写真8>
 この動作は左手の指の陰で行われるので観客からは見えません。この動作の結果、コインは右手のフィンガーパームの位置におさまります。 そうしたら、左手を握り、左方向に5~10cmくらい動かします。<写真9>
 その間に、コインの移動作業をした右手の拇指を中指の先のあたりまで戻しておくことが大切です。

写真8
写真9

このとき左手をぎゅっときつく握るのは禁物であり。<写真10B>
指先が浮いているくらいに軽く握ることが肝腎です。<写真10A>
右手はフィンガーパ―ムの自然な姿勢を保ちます。

写真10A
 
写真10B

 以上の動作を正しく実行すると、観客からはコインが右手から左手に手渡されたように見えますが、実際にはコインは右手にフィンガーパームされる結果となります。 ここからは、そのまま左手を開けば、そこにはコインがないので、コインの消滅(Vanish)が演出されます。 ただし、「嘘の手渡し」はコインの消滅に使うだけではありません。消滅はその演出に一つにすぎません。


(2)クラシックパーム

 次にクラシックパームを活用した「嘘の手渡し」を説明します。その方法は上記説明のフィンガーパ―ムの場合とほとんど変わりません。ただし、クラシックパーム特有のむつかしさがあります。
 コインを右手がテーブルから取りあげて示すところはフィンガーパ―ムのときと変わりません。 そして動作が違うのは観客の目から見ると上記<写真3>のところ、術者から見ると上<写真8>の局面です。
 このとき、左手の指の陰で、右手が大切な仕事をします。 それはコインから拇指を放し、中指、薬指でコインを保持しつつ、その二本の指を曲げて、 指先でコインを右掌に強く押しつけることによってクラシックパームの位置にコインを持ってくることです。<写真11>

写真11
写真12

 このとき本当は右拇指を立てるように伸ばすとパームが楽にできるのですが、それが観客に気づかれると秘密が露見しますから、あえて拇指の先を食指の先に触れるくらいの位置に固定して、クラシックパームをするのが望ましい作戦です。<写真12> 左指のコインがうまくクラシックパームできたら、上記<写真9>のように左手を5~10㎝程度左に動かしますが、このとき右手の中指、薬指を握りしめたままではいけません。そのときには右手の指はリラックスしてある程度伸ばされていることが大切です。すると最終的姿は<写真9>とほぼ同じになるでしょう。違うのはパームされたコインの場所だけです。

(3)ダウンズパーム

 ダウンズパームの場合も動作は似ています。ここでも、問題は<写真3><写真8>の局面です。 ここでダウンズパームの場合には、左手の指の陰で右手の食指を拇指の側に移動し、 食指、中指の指先でコインを挟み持つようにして、拇指を開放します。<写真13> そして食指、中指を丸めると、コインは拇指に沿って移動し、最後は拇指の根元の又に当たる位置に到達するでしょう。<写真14>

写真13
写真14

 その位置にコインをとどめて、右手の指を伸ばせば、コインはおのずとダウンズパームされます。
 左手がコインを受け取ったと見せて、それを左方向に5~10cm移動させると<写真15>(真上から見たところ)のような姿になるでしょう。

写真15

(4)サムパ―ム

 サムパ―ムの場合にも、動作はダウンズパームと全く同じ動作で実行することができます。コインを右手の食指、中指で挟み持ち、指を丸めて第14図のところまで来たら、そこで、拇指の又でコインを90度捻るようにすれば、コインはサムパ―ムされて、<写真16>の姿になるでしょう。
 なお、この方法は多くの奇術家がやっている方法ですが、筆者がお勧めするのは次の方法です。それには<写真13>まで来たところで、コインが右手の中指の指先に乗るようにします。そこからコインを水平に保ちつつ、食指を伸ばしたままで、中指を丸めます。<写真17>そして、中指をさらに曲げて、コインを拇指の又で挟むようにすれば、コインをサムパームすることができます。この方法の利点は右手の食指を曲げないですべての仕事がスムーズに実行できることであり、その方がより自然に見えます。

写真16
写真17

(5)Retention Vanish

 「嘘の手渡し」の研究に関しては、現代屈指のコイン奇術研究家として知られるDavid RothのRetention Vanishと呼ばれる方法を提案は特筆に値します。この名称においてもBoboと同様、観客から見た現象であるVanish (消滅) と命名していますが、その本質は筆者の定義するFake Passの一方法にほかなりません。Rothはこの技法の拠り所は「残像」であると説明していますが、このような技法の基本に「残像」があるということを指摘したのはさらに古く、1938年発行のGreater MagicでT.J.Crawford とDai Vernonのコインバニッシュを論ずる際にも著者Hilliardは残像に言及しています。残像というのは一言でいうと、人間の目があるものを見たとき、そのイメージが心に残り、目に見えなくなってからもなお心に像が残っているという心理現象をさしています。Rothもその心理現象の活用がRetention Vanishでは大切だということを強調したのでした。
 このRetention Vanishと呼ぶFake Passの方法も上記のパームを活用した方法と共通性が多いです。問題はやはり<写真3><写真8>の局面です。この右手が左手の指の陰に隠れたタイミングで右手のコインの持ち方が変更されます。そのときの指の動きですが、右手のコインが左手に近づいて来る場面ではコインは右手の拇指と食指、中指で持たれています。<写真18>

写真18

 そして、その指が左手の指の裏に隠れて、両手の小指同士が触れるくらいになった瞬間に中指、薬指の先をやや丸めて、その指先にコインを乗せてしまいます。<写真19>そうなったらば、もう右手の拇指と食指はお役ご免です。この時の右手の姿が「パーム」の項で説明した「フィンガーチップレスト」になっています。コインは中指、薬指の指先に乗っています。そして、コインを握った左手が左方向に5~10cm動かされた後の姿は<写真20>のようになるでしょう。コインは右手にフィンガーチップレスト状態で保持されたままであり、観客からはコインが見えない位置になっています。

写真19
写真20

 この手法の優れたところは、この最後の状態から必要があれば次のステップの手続きとしてパームを切り替えて、フィンガーパーム、クラシックパーム、サムパーム、ダウンズパームなどに持ち変えることが可能であるという点です。
 本章の第4項まででは、コインを直接パームの位置に持って行く方法を追求しましたが、別法としてこのRetention Vanishを使い、然る後に期を見てフィンガーチップレストから必要に応じて他のパームに持ち方を切り変えるという作戦もありえるということになります。 どちらの作戦がいいかはその時の状況次第で判断するのがいいでしょう。

第3回                 次回へ続く≫