氣賀康夫

コイン・スルー・ザ・テーブル第一部
(Coin Through the Table Part One)

<解説>

 コインがテーブルの上から下に貫通するという現象の奇術を総称して、コイン・スルー・ザ・テーブルと呼びます。そのようなコイン奇術については、多くの奇術家がそれぞれの方法で手順を構成して発表しています。
極端にいうと、コイン奇術研究家の数だけ、手順があると言っても過言ではありません。
 筆者はこの現象を表現するのに、最も自然な動作で、最も不思議に見えるようにするためにはどのように手順を構成するべきかというテーマに取り組み、ほぼ60年になります。いわばライフワークのテーマとも言えます。
石田天海師から「氣賀君の手順は私が見ても不思議に見えて種が全然わからない。今までこういう手順は見たことがない。」とお褒めのことばを頂いたのが1964年頃でした。1969年にアメリカ留学した頃は、いつも請われるとこの手順を演じていましたが、どこでも好評でした。
バーノンの愛弟子のパーシー・ダイアコニス氏がその手順を見たとき「アンネマンの方法ですね。」とつぶやきましたが、それはエキストラコインを使う手のことです。
筆者はエキストラコイン活用の研究をしたことはあまりありませんが、それが悪いと思っているわけではありません。
一言でいうとこの手順は筆者がオリジナルを主張するために構成した手順ではなく、これが最善と自負する自慢の手順です。

<効果>

まず、この奇術がどういう風に見えるかを連続写真でご紹介します。

写真1
コイン4枚がある
写真2
コインを一つずつ取りあげて

写真3
左手に手渡す
写真4
左手をテーブルに叩きつける

写真5
左には3枚しかない
写真6
テーブルの下から1枚出てくる

写真7
左に3枚、右に1枚を持つ
写真8
左手をテーブルに叩きつける

写真9
左には2枚しかない
写真10
左に2枚、右に2枚ある

写真11
左手を握り
写真12
テーブルに叩きつける(チャリン!)

写真13
左が1枚になる
写真14
左に1枚あり

写真15
右には3枚ある
写真16
左の最後の1枚でテーブルを叩く

写真17
テーブルの下から4枚が出てくる

<用具>

銀貨を4枚用います。標準的なのはアメリカのハーフダラーであり、大きい方がいい場合には1$銀貨でも演技が可能です。
筆者がもっぱら愛用しているのは、1964年の東京オリンピック銀貨です。

<準備>

用いるのは銀貨4枚です。ほかに特段の準備は要りません。ただし、レストランなどで提供されるテーブルナプキンがあるときはそれを膝にかけておくと具合がいいです。それがないときはハンカチでも代用ができるでしょう。
それは、ラッピングと呼ばれるコインを密かに膝に落とす技法に有用です。

<方法>

<第一段>

1.テーブルに銀貨を横一列に並べて示します。両手は空です。コインの位置はテーブの端から数センチ離れているくらいがいいでしょう。<写真18>

写真18

2.一番右のコインに右手の指をかけますが、その拇指をコインの手前端、中指をコインの向こう端に当ててコインを持つようにします。
食指はコインの上面に添えられています。薬指と小指はコインに触っていません。<写真19>

写真19

このとき大切なことは、右手の小指側の掌の肉がテーブルについているということです。この手が浮いていると、以下の秘密の動作が露見します。

3.さて、右手で第一のコインを持ちあげて、それを第二のコインの上に重ねるのですが、このとき、二つのコインをぴったり合わせないで、第一のコインが第二のコインの左側にずれて重ねられるようにします。
そのずれはコイン半分の長さで十分でしょう。<写真20>

写真20

4.次に、右手で2枚のコインを持ちあげて第三のコインに重ねるようにみせかけるのですが、実際には右手は第一のコインだけを持ちあげて、第二のコインは元の位置に残したままにします。このとき第一のコインは第三のコインにピッタリ合わせて構いません。

5.次が最後ですが、右手は第一第三のコインを重ねて持ちあげて左に運び、それを一番左に位置していた第四のコインの上に重ねます。 このときも三枚のコインはぴったり重ねていいのです。
さて、ここまでの動作で第二のコインは一体どうなっているのでしょうか。先に注記したように右手の小指側の肉がテーブルについているという条件を満たすならば、その第二のコインは、指先が3枚のコインを持っている右手の手首に近い掌の部分に隠されていることになるはずです。
しかもそのコインは右手の掌で斜めに押されて来たので、多分テーブルの端にかなり近い位置にいるはずです。
そこで、右手で3枚のコインを持ちあげつつ、右手の手首から先を時計方向に回転させるように配慮すると、隠れていたコインが右手の掌で掃われて自ずと膝に落ちることになるでしょう。<写真21>

写真21

6.そうしたら、右手をさらに持ちあげて、持っているコインを全部左手に放りこむようにします。
掌を上向きにしていた左手がコイン(3枚)を受け取り、握ります。

7.第一段の最後です。空の右手の掌を上向きにして指を開き、その食指でテーブルの中央あたりを触りながら、「テーブルの弱いところを探します。」と言います。<写真22>左手を拳にして、テーブルのそのあたりをコンコンと叩きます。

写真22

8.そしてやがて決心がついたように、右手をテーブルに下に運び、左手の拳を開きつつその掌をテーブルに叩きつけます。

9.左手を持ちあげて、手を開き、掌を上向きにします。観客からはテーブルの上のコインが3枚しかないことが見えます。

10.右手はテーブルの下で膝にあったコインを拾い、それをテーブルの上に出します。なお、コインを右手で取りあげて、左手に手渡すという動作はこの第一段ではごく自然な動作に見えます。
しかし、第二段以降ではこのようなコインの手渡しはしないという配慮が筆者のこだわりです。というのは、コインを手渡す動作をすればコインのコントロールが如何様にも可能になってしまうからなのです。

<第二段>

11.さて、第一段が終わると、テーブルの左に3枚、右に1枚のコインがあります。そこでまず左手で3枚のコインを拾いあげて握ります。ただし、このとき左手は密かに3枚のうちの1枚をサムパ―ムに保持します。
これはもちろん観客には知られないように実行しなければならない秘密の動作です。

12.右手で1枚のコインを拾いあげて、一旦空中に放り投げてそれを受け取って握ります。ここからの作戦が独特です。
右手をテーブルの下に持っていきますが、このとき右上腕部がテーブルの手前に当たったところで、密かに下腕部を逆時計方向に90度近く回転させて、右手がテーブルの端の真下に来るようにします。
それは中央よりやや左寄りです。そして、そこで右手は持っているコインを手の裏側に保持します。その方法はバックピンチ、天海ゴーシュマンピンチ、バックサムパ―ムのどれでもいいでしょう。
そして右手を柄杓のようにして上から落ちてくるコインを受け取る体制を作ります。<写真23>

写真23

13.次に左手を開きつつその掌をテーブルに叩きつけます。このとき3枚のうち2枚はテーブルの上に置かれますが、サムパ―ムの1枚は左手が確保したままになっています。そのことを観客は知りません。

14.ここで左手をどけないとそこにあるコインが見えない理屈です。
そこで、コインを確かめる目的で左手を手前に引きます。どこまで引くかというとテーブルの端まで引き、サムパ―ムされた一枚が丁度右手の真上になるようにします。そして左手のサムパ―ムを緩めると、コインが落ちて丁度右手の中に納まります。

15.このとき、ぐずぐずするのは禁物です。
まず、右手をそっと握り拳にして甲を下向きにしてテーブルの上にそのまま出してきます。そして保持しているコイン2枚をテーブルの上に出します。

16.そしてそれにタイミングを合わせて、左手は元の位置に戻り、テーブルのコイン2枚を拾いあげます。<写真24>
このときは左手をそのまま握らずに、一旦手にしたコイン2枚をテーブルに再び出します。それで左右の手の姿が左右対称になります。

写真24

<第三段>

17.ここから第三段ですが、左右の手で各々2枚のコインを拾いあげて、掌の上でそれをよく示します。

18.そして「目でご覧になるだけでなく、五感を総動員していただくとよく分かると思います。それでは耳をよく澄ませてください。」と言います。

19.左手でコイン2枚を拾いあげて握りますが、このときも1枚を密かにサムパ―ムにします。そして右手は右のコイン2枚を拾いそのままテーブルの下に持っていきます。

20.ここで、右は2枚のコインのうち1枚を中指薬指の上のフィンガーパームの位置に持ち、もう1枚を拇指と食指の指の先で持つようにします。」<写真25>

写真25

21.左手を開きつつ掌をテーブルに叩きつけます。このときもサムパ―ムのコインはパームされたままです。

22.ここで一瞬置いて、テーブルの下の右手の拇指と食指の指先に持っていたコインを放して、それが中指、薬指のところにあるコインの上に落ちるように仕向けます。するとテーブルの下で「チャリン」という音がするのを観客も耳にします。

23.右手はコイン2枚を握りしめたまま、その拳をテーブルの上に出します。このときの右手は甲が右側を向くようにします。
甲を上に向けてテーブルに休んでいる左手を手前に引きます。これは第二段の動作と似ています。テーブルにはコイン1枚が残り、左手のサムパームを緩めると、そのコインは膝に落ちることになります。<写真26>

写真26

25.テーブルのコインが見えたら、直ちに左手を元の位置に持っていき、テーブルのコインを拾いあげて、掌の上に示します。<写真27>
その手を握り、テーブルの上に休ませます。このとき甲が左を向くようにします。

写真27

26.いまやテーブル上の左右には術者の左手右手が休んでおり、左右対称の姿です。ここから有名なハンピンチェンムーブを使います。
その動作ですが、バーノンの方法を用いることにします。まず、右拳が左拳に接近し<写真28>そこで右手を開くようにします。<写真29>
それと同時に左手は拳の握りを密かに緩めて、中のコインがテーブルの落ちるように仕向けます。そして、左手はそのまま左に10㎝ほど移動します。
その結果、右手の下にはそれが持っていた2枚と左手が落とした1枚との合計3枚が存在するようになります。<写真30>


写真28
写真29
写真30


27.ここで右手を開いてテーブルのコインを見せるのですが、観客は3枚が右手から出たものと思うでしょう。

<第四段>

28.右手でテーブルの上のコイン3枚を拾いあげて掌の上でよく見せます。そうしたら右手を握り、テーブルの下に持っていきます。

29.左手はもはや空ですが、術者はそこにコインがある風を装い、左手に握ったコインを指先に持ち変えるふりをします。

30.ここからの動作は「コツコツ、パチン、グイ、チャリン」というリズムとご記憶ください。これを上手く演出すると効果的なエンディングになります。

31.まず、右手で3枚のコインを握ったまま、膝の一枚を摘まみあげて、それを指先に持ちます。 そして、左手でコインをテーブルの上にコツコツとぶつける動作を行います。
ただし、左手は空ですから音はしません。そこで右手が持っているコインをテーブルの下面をコツコツとぶつけます。そのタイミングを合わせることが大切です。

32.続けての左手の芝居ですが、今度は、テーブルに垂直のコインの向こう側を食指、中指、薬指で抑え込み、コインの一面がテーブルにパチンとぶつかるように仕向ける動作をします。<写真31>
そして実際には、右手でテーブルの下面にコインの面がパチンと当たるように操作します。これが「パチン」です。

写真31

33. 続けて左手の中指をテーブルの上面に「グイ」と強く押しつける芝居をします。<写真32>そのタイミングでテーブルの下の右手の指先のコインを放すようにするとそれは他のコインとぶつかり、「チャリン」と音を立てるでしょう。

写真32

34.左手を中指の先をテーブルに当てたまま、その手の指を開き、然る後に左手の掌を上に向けてそれが空であることを示します。

35.右手がコイン4枚を持ってテーブルの下から出て来ます。そして、そのコインをテーブルの上に出すところがこの奇術のクライマックスです。<写真33>

写真33

<後記>

 この手順の各段の作戦がそれぞれ異なっていることに、お気づきだと思いますが、詳しくいうと、第一段はコインの貫通演出のずっと前にコインを膝に落とすので、そのテクニックを「プレラッピング」あるいは「アドバンストラッピング」と呼ぶことができます。第二段では、コインが膝に落ちるのは貫通演出とほぼ同時であり、いわば「サイマルテニアスラッピング」と呼ぶべき手法です。
 一方、第三段の方法ではコインを落とすタイミングが貫通演出よりずっと後の方になっています。これは「ポストラッピンング」あるいは「ディレイドラッピング」と呼ぶべき手法です。
そして最後の第四段では、ハンピンチェンムーブのお陰でラッピングが不必要になっています。
 このように全部で四段階に構成されているので、さすがの天海師もその種が追いきれなかったというわけなのでした。一方、これと逆に方法論を手抜きしようと考えるならば、同じテクニックを4回繰り返す手順を企画することもできますが、そのような芸は見ていて単調であり、種も割れやすくなることが避けられません。
 筆者は一般論として、何段かに構成される手順ではその方法論を次々と変えていく方が望ましいと考えています。ただし、動作が自然であり続けることが条件です。

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