氣賀康夫

底抜けコイン
(Penetration Through the Bottom of a Glass)


<解説>

 この奇術はひょっとしたキッカケで出来上がった奇術です。
 最近、中国製の米弗銀貨のエクスパンデッドシェルが手に入るようになりました。シェルは優れたコイン奇術の種ですが、一枚のコインがグラスを通り抜ける寸芸を見せて終わりという人が多く、そうなると何か月後には引き出しの奥深くにしまいこまれて、そのまま忘れられてしまいます。
 そこで筆者は、この機会にその種を使った手順を構成してみたのでした。そのままですと、その芸はこのラビリンスに紹介することはなかったでしょう。というのは、このシリーズでは種を使う奇術は取りあげないことにしていたからです。ところが、その後、シェルを使わないで同じ現象を演出できないかがテーマになり、その研究を行ったところ、シェルを使う手順に遜色のない作品ができあがることになったのでありました。
 そこで、その作品をここに取りあげることにいたしました。原案のシェルを使うバージョンにはここでは詳しく言及はいたしませんが、最後のその比較はお示ししておきたいと考えております。

<効果>

連続写真で効果をお示しします。

写真1
コイン4枚が登場
写真2
1枚ずつ検める

写真3
コインをグラスに入れる
写真4
おまじないをかけると

写真5
コインが1枚下に落ちる
写真6
コインを出して

写真7
数えると3枚である
写真8
3枚をグラスに入れる

写真9
2枚目が下に落ちる
写真10
あと2枚ある

写真11
2枚をグラスに入れる
写真12
3枚目が貫通する

写真13
残りは1枚
写真14
最後の1枚は

写真15
グラスの外にいる
写真16
コインを底にぶつけると

写真17
中に入る
写真18
4枚が貫通した

写真19
1枚ずつ確かめる
写真20
確かに4枚ある

<用具>

1.コイン5枚、大きめのコインを使う方が効果的なので、1$銀貨でもいいと思います。それより小さい方がよければハーフダラーでもいいと思います。

2.グラスはタンブラーでいいでしょう。ただし、底の内側が丸みを帯びている方が演じやすいと思います。

<準備>

グラスに4枚のコインを入れておき、最後の1枚を左手にフィンガーパームしている状況で演技を始めます。

<方法>

<プロローグ>

1.左手でグラスを取りあげ、直ちに右手でそのグラスをつかみ左右に振ってグラスの中のコインが音を立てるようにします。そうしたら、グラスの口を左に傾けて中のコイン4枚がザラザラとテーブルの上に出てくるように仕向けます。
コイン4枚が横方向に一列に並びます。<写真21>

写真21

2.グラスを左手に取り、左手は空のグラスの口を観客の方に向けます。<写真22>そして右手の握りこぶしでグラスの底をコンコンとたたきます。このとき左手にフィンガーパ―ムしているコインはグラスの下の位置になり、観客からは見えません。

写真22

3.グラスの口を上に向けて、それをテーブルの左側に置きます。

4.術者は両手を使って4枚のコインを一枚ずつ裏返してコインの表裏をよく見せます。<写真23>
この間、左手はフィンガーパームしたコインを保持したままです。

写真23

<第一段>

5.左手でグラスを取り、その口を右に向けて横向きにグラスをテーブルに休めます。

6.テーブルのコインを1枚ずつ右手に取り、碁石を持つように食指と中指でコインを挟むようにして、それを横向きにグラスの中に左から右に向かって丁寧に並べていきます。<写真24>

写真24

7.並べ終わったら、左手をグラスから離し、グラスの中に4枚のコインが並んでいることをよく見せます。このとき左手の食指の先でグラスを押さえておくのが賢明でしょう。<写真25>

写真25

8.以上の準備が終わったら、コインを一枚フィンガーパームしている左手でグラスを持ち、口が真上を向くようにします。すると4枚のコインはグラスの底に固まるでしょう。
このとき、グラスの内面の底が丸いとコインがスムーズに動いてくれます。左手にパームしていたコインはグラスの底に回るように配慮するのがいいと思います。

9.このグラスの向きを変えた瞬間に、右手で指をパチンと鳴らし、左手の指が保持していたコインを開放します。この動作のときコインを落とす左手の指はできるだけ動かさない方がいいでしょう。
コインがテーブルにチャリンと落ちます。これでコインが1枚グラスの底を貫通したように見えます。<写真26>

写真26

10.グラスを右手に持ちかえて、その口を左に傾けて中のコインが出てくるように仕向けます。そして出てくるコインをすべて左手で受け取ります。<写真27>そのとき左手はコインを掌でなく指の部分で受け取るのがいいでしょう。

写真27

11.右手のグラスをテーブルの左側に置き、直ちに左手のコインを空の右手に放るように手渡します。ただしこの動作で大切なことは左拇指で一番上のコインを抑え込み、その他の3枚のコインを右手に投ずることです。<写真28>
コインを受け取った右手は直ちにコインをテーブルの右寄りに1枚ずつ無造作に置いていきます。そこに並ぶコインの枚数は3枚です。<写真29>

写真28
写真29

12.グラスを左手でつかみ、その口を観客の方を向けて中が空であることを示すのもいいでしょう。

<第二段>

13.ここからはもう一度同じ動作の繰り返しです。
左手のグラスを横向きにテーブルに休ませます。<写真24>
右手の食指と中指でコインを一枚ずつ取りあげて、グラスの中に並べていきます。今回はその枚数は3枚です。<写真25>


14.そうしたら左手でグラスの口を上向きにし、右手で指をパチンと鳴らし、底に隠してあるコインがテーブルに落ちるようにしむけるところも前段と同じです。<写真26>このときはコインが最初のコインの上に落ちるようにして、コインがぶつかるチャリンという音が聞こえるようにするのが効果的でしょう。

15.グラスを右手に取り、その口を左に傾けて中のコインを左手に落とします。左手の指のところでコインを受け取ります。<写真27>

16.次に右手はグラスをテーブルの左側に置き、左手はコインを右手に放るのですが、このときも左手は拇指で一番上のコインを抑え込んでフィンガーパ―ムします。<写真28>
右手は受け取った2枚をテーブルの右の位置に置きます。<写真29>

17.左手でグラスを持ち、口を観客に向けて中を見せるのもいいでしょう。それが終わったら、グラスをテーブルに横向きに休めます。

<第三段>

18.ここからは同じ手続きの三回目になりますが、ハンドリングに少し工夫が必要となります。

19.右手の食指と中指でコインを挟んでグラスの中に並べまずが、このときは枚数がたった2枚です。これが最後なので、左手をどけてグラスの中をよく見せます。もちろん食指でグラスを押さえておくのが賢明です。<写真25>

20.ここで、左手でグラスをつかみ、口を上に向けて、右手の指を鳴らし、左手に隠していたコインをテーブルに落とすところも同じ動作でいいでしょう。<写真26>3枚目のコインも1枚目2枚目とぶつかりチャリンと音を立てるようにするのが効果的です。

21.ここからは動作が少し変わります。右手でグラスを取るのは同じですが、そのとき、右手を時計方向に180度ひねり、グラスの右側に拇指、左側に食指、中指が来るようにします。<写真30>そうしたら、右手でグラスを時計の反対方向に180度回転させて、左手の掌を上に向けてグラスをその指の位置にポンと伏せることが大切です。<写真31>こうするとコインがあまり音を立てないのです。

写真30
写真31

22.そうしたら、右手のグラスを時計方向に90度だけ回転させます。そして2枚のコインを受け取った左手は上の一枚だけを拇指で右に押し出して指先に持ち、それをテーブルに置きます。このときコインがジャラと音を立てる可能性がありますが、それを避ける方法としてコインの表裏に透明なセロテープを貼っておくという妙案があります。そして、もう1枚は左手のフィンガーパ―ムで保持したままになります。<写真32>

写真32

<第四段>

23.ここからは新しい動きです。まず、右手のグラスを左手に取りますが、このときは左向きになっているグラスの口の部分を左手の拇指と中指で持つようにします。そうしたら、左手はグラスの向きを調整し、グラスの口がほぼ上向きになるようにします。<写真33>

写真33

24.右手で最後にテーブル置いてある1枚を取りあげて指先に持ちます。このときの指の位置は、拇指が手前側、残る四指が向こう側です。<写真34>

写真34

25.「最後ですからコインがよく見えるようにしてご覧に入れましょう。」と言い、右手のコインを左手のグラスの底にコツコツとぶつけます。<写真35>
そして三回目にコインをぶつける動作で指の力を少し緩め、コインが右手の中に完全に収まるようにします。この瞬間にコインをフィンガーパームしていた左薬指の握りを緩めて、コインを放し、それがグラスの中に落ちるように仕向けます。<写真36>
するとあたかもコインがグラスの底を貫通して外から中に入ったように見えます。それは右手のコインが一瞬で見えなくなり、同時にグラスの中にコインが登場するからです。

写真35
写真36

26.グラスを右手に取り、それを揺すると中でチャラチャラとコインの鳴る音が聞こえます。

27.直ちにグラスの口を左に向けて、第4のコインがテーブルの3枚のコインの上にチャリンと落ちるように仕向けます。

<エピローグ>

28.ここからは演技の締めくくりです。まず、空のグラスを左手に手渡し、右手でテーブルのコイン4枚を拾いあげます。このとき右手はコインを1枚フィンガーパームしているので、拾うコイン4枚はさらに指先に持つようにします。その結果、右手のコインは拾いあげた4枚と隠していた1枚とはずれた位置に保存された状態になるでしょう。

29.左手でグラスの口を少し右に傾けて、右手の拇指で4枚のコインの1枚を押し出してそれを左手のグラスの中に落とします。落としたら左手でグラスを揺すり、音を立てます。

30.次に右手拇指で2枚目を押し出して、同じようにグラスに落とし、落ちたらグラスを揺すります。

31.次は3枚目ですが、今度は、右手の指で3枚目4枚目を重ねて挟み持つようにして、それを1枚のごとくグラスに落とします。<写真37>そしてグラスを揺すります。

写真37
指先に2枚、フィンガーパーム1枚

32.いよいよ最後です。右手に深くフィンガーパームの位置に持っていた最後の1枚を右手の指先で示し、ゆっくりとグラスに落とし、左手はグラスを揺すり、それが終わったら左手はグラスをテーブルに置きます。そして術者は何気なく両手をこすり合わせながらそれが空であることを示しつつ演技を終了します。

<注記>
この普通のコインで演ずる手順と、その大元になったシェルを使う手順との違いを整理しておきます。

(1)コインがグラスの底を貫通した直後に、グラスの中のコインを取り出してその枚数を確かめるのですが、シェルバージョンではここは堂々と公明正大に見せることができます。

(2)一方、コインが貫通した後に、次のステップに進むに際して、シェルバージョンではシェルの中のコインを密かに抜いて次のステップの準備が必要ですが、このバージョンではその処理は手順の中で自然に解決されてしまいます。

(3)残りが2枚になった段階で、シェルバージョンはさらに同じ手法が利用できますが、このバージョンでは、2枚の処理に特別な配慮が求められます。

(4)最後の4枚の確認に関し、シェルがあれば難しい手法は不要です。このバージョンの場合にはフォールスカウントが必要となります。
二つのアプローチの違いはざっとこんなところですが、総じてあまり差がないというのが正直な実感です。

第11回                 第13回