氣賀康夫

赤短冊と青短冊
(Red and Blue Tags)


    <解説>
    よく考えてみますと、奇術というのは、すべて、その不思議を作り出すために広い意味での錯覚を利用しています。ですから、あるとき安部元章さんが「奇術とは錯の覚美化の芸術なり」という言葉を残されましたが、これはかなり的を得ていると言えるでしょう。なお、錯覚が視覚によって起こるものを専門家は錯視と呼びますが、心理学の教科書などの例示でよく用いられる錯視のデザインがそのまま奇術に利用されることはむしろ例外的です。
    錯視のなかで、棒の長さが違って見えるとか、平行な線が曲がって見えるとかというような簡単なものから、最近では、濃淡、色彩、動作などが錯視を起こすデザインが次々に発表されています。その中から、上手に活用すれば奇術として立派に使えるというものを探してみました。 今回は、心理学者がジャストロー錯視と呼ぶものを活用した奇術をご紹介します。ジャストロー錯視とは同じ大きさの扇形(扇子の紙の部分の形状)を二つ上下に並べると、外側の方がどう見ても小さいように見えるという錯覚の原理です。筆者はこれを効果的に演出するために、花札の菊と桜との五点札をデザインを使うことを考えました。

    ジャストロー錯視

    <現象>
    花札の菊の五点札と桜の五点札とを並べて示します。<写真1>そして、札から赤と青の短冊の部分を剥がし取り、それを並べてどちらが大きいかを比較します。果たして二つの短冊は青が大きいのか?赤が大きいのか?それとも同じ大きさか?比べてみると、比べる都度、不思議なことに、その大小関係が微妙に変化するのです。

    <写真1>

    <用具>

  1. 花札の菊と桜のデザインの短冊のない図案を<写真2>にお示しします。これは一点札と同じようなデザインですが、五点札から短冊を取り去ったデザインという前提で描かれています。これに水彩絵の具かカラーフェルトペンで色を塗れば綺麗な花札に仕上がります。大きさは自由なのですが、図を拡大コピーして14×24cmに仕上げるのを標準として以下の説明をいたします。なお裏は黒か茶色が標準の色です。
  2. <写真2>
  3. 次にこの札の上に乗せるとそれが五点札に見えるような丁度いい大きさの短冊を赤と青で作ります。そのデザインがこの奇術の生命線です。そこで、その正確な設計図を<写真3>に示しておきましょう。この短冊は色上質紙か色ラシャ紙で作ることをお勧めします。正確に切り取ったら、それを丁寧に厚紙に貼って仕上げるのがいいでしょう。なお赤も青も、色の彩度が高く、鮮やかなものを選ぶのがいいと思います。
  4. <写真3>
  5. 赤の短冊には筆で「みよしの」と書いておきます。青の短冊には文字を書く必要はありません。
  6. なお、奇術用具販売大手のテンヨウがこの原理の用具を商品化していますが、その企画を担当された鈴木徹氏が扇型の目盛りのついた定規で短冊を測定し、錯覚をさらに数値的に強調するという案を提案しました。これはなかなか優れたアイディアです。そこで、このアイディアをさらに修正したいい定規をこの奇術のために新にデザインしてみました。<写真4>
  7. <写真4>

    <準備>
    桜の札の中央には赤の短冊を軽くとめ、菊の札の中央には青の短冊を軽くとめておきます。とめるのはマジシャンズワックスを使うのがいいのですが、それが手頃に入手できないときには、両面セロテープで代用が可能です。その場合は、両面セロテープの表面を少し手などで汚して、わざと接着力を弱化させて使うのがコツです。接着力が強すぎると、実演のときそれを剥がす際にもたもたするという問題を生じます。

    <方法>

  1. 二枚の花札を左右に並べて観客にそれを良く見せます。短冊があるので花札遊びを知っている人であれば、菊も桜も五点札であると認識するでしょう。<写真1>
  2. 次のように説明を始めます。「花札には赤の短冊と青の短冊の札があるのをご存知でしょう。ところで、赤の短冊と青の短冊とでは短冊の大きさが違うということをご存知でしょうか。」
  3. 二枚の札から短冊を剥がし取ります。
  4. テーブルの上で短冊2枚を縦に並べ、赤短冊の内側の左上角(「み」の字の左上)が、青短冊の外側の右上の角に触りそうなくらいの位置に、二つの短冊を並べて見せると、青の短冊の方がずっと大きく見えます。 <写真5>これがジャトロー錯視の効果です。そこで、「このとおり、実はよく見ると青の短冊の方が大きいのです。」と言います。観客はジャストロー錯視と術者の台詞に誘導されて、「なるほど!」と思います。
  5. <写真5>
  6. 次に、「これはなぜかと言うと、秋には菊の方が桜より威張っているからなのです。しかし、春になると両者の立場が変わります。では、短冊に春風を吹きかけてみましょう。」と言い、術者は短冊に「ハーッ」と息を吹きかけます。
  7. ここで、赤青の位置を逆にして、青短冊の内側の左上の角が、赤短冊の外側の角(「み」の字の右上)に触りそうな位置で二枚を並べます。<写真6>すると、今度は赤の短冊の方が大きく見えます。そこで、「不思議なことに春になると桜の方が偉くなって威張り始め、菊は肩身を狭くしているので、赤の短冊の方が大きくなってしまいます。」と説明します。
  8. <写真6>
  9. このときに、短冊の大きさの比較を強調する目的で特別な定規を使うというアイディアがあります。定規の内側で赤短冊の中央を測るとだいたい目盛りの8.8インチくらいと測定されます。<写真7>
  10. <写真7>

  11. 続けて、同じ定規で青短冊を測るのですが、このときは定規の外側で青短冊の中央を測ります。するとだいたい目盛りは7.8インチくらいと読み取れます。<写真8>
  12. <写真8>

  13. 最後にもう一度、今度は、術者が短冊に息を「フーッ」と吹きかけて「では、このように秋風が吹くとどうなるでしょうか。そうすると、また菊が元気を取り戻すことになります。」と言い、青の短冊の上に赤の短冊を重ねます。すると、青の短冊の方がやや大きいことが確認できます。<写真9>「おかしいでしょう。花札の短冊の大きさはその季節によって変化するらしいのです。」と話を結びます。

  14. <写真9>

    <注>
    なお、筆者のデザインには次の点で、従来のものから追加的に工夫がなされていることを付記しておきます。

  1. 二つの短冊は曲線部分は同心円になっていますが、上下の切れ目の直線部分は同心円の中心を通る直線よりもやや内側に向かって狭く切るようにデザインされています。<写真3>これはその方がジャストロー錯視が強くなるからです。
  2. 通常、心理学者はジャストロー錯視の説明のために同じ大きさの扇形を2個使いますが、筆者の演出では、あえて青の短冊の方がやや大きめにデザインしています。このことが、これを奇術として演出するときに効果的な演出を可能にしているのです。
  3. テンヨウの原案で用いられている定規は、定規を短冊の内周にあてたり、外周にあてたりして使うように設計にされていますが、筆者のデザインでは、定規は短冊の外周と内周の中間付近を定規をあてて、サイズを測定するようにデザインしてあります。その方が短冊の測り方が怪しくなく見えるからです。というのは、そうすることによって、短冊の同じ位置を測定するように思わせることができるからです。ただし、定規を外側で測ると数字が小さくなり、内側で測ると数字が大きくなるので、錯視の大小をこの定規で追加的に確認する演出に最適です。
  4. なお、テンヨウの商品は扇形を猫のデザインにしていますが、これはあまりいい案ではありません。なぜならば、錯覚は扇形の形状によって生ずるのであって、その形を崩さない方が効果的だからです。

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