松山光伸

海外のマジック解説本の翻訳に際しての注意点
(その2:誤解だらけの戦後の翻訳出版)

 マジックに関する知的財産権の問題が近年話題にのぼるようになって久しくなりました。ところがこの分野の間口は広く、また法律的な是非の議論とモラルの話が混在する傾向があるため、いまだに同じような議論が繰り返されているようです。翻訳問題に限っても例外ではありません。国をまたぐ問題ですから条約と国毎の法律の建付けの知識も必要ですし、その法律自体も時代とともに改定されているので、一個人の思い込みで断じてしまうと、むしろそれが国際的な誤解につながるという弊害さえ生じます。
 そこで、海外の著作物を翻訳することに関して知っておくべきことを解説することを目的として、前回は『海外のマジック解説本の翻訳に際しての注意点(その1:著作権条約の基礎知識)』を説明しました。今回はそれに引き続き、最も関心の高い「翻訳」の問題について説明します。

専門の翻訳者による初期の日本語訳

 マジックに関する一般的な著作であれば、翻訳の専門家の方がマジシャンよりも翻訳自体のハードルは高くありません。ところがカード奇術など専門用語が出てくる解説書となると翻訳家もお手上げになるのがマジックの特徴です。実際、完訳された初期の翻訳本といえば数理的なものや、難しい技法のないもの、伝記本など一般向けのものに限定されていました。


海外で刊行された奇術関係書の初期の完訳本の例

マジシャンによる海外マジックの解説

 一方、専門的なマジック書となると戦後しばらくの間は、何人かのアマチュア愛好家が海外のマジックショップの店頭で手に入れたものがあった程度で稀少本のような存在でした。欧米の最新のマジックに渇望していた研究者はそれらを借りて辞書を片手に読み解くような状況だったのです。その翻訳成果が愛好家の間で本格的に知られるようになったのは力書房が出版した季刊誌『奇術研究』での「海外カード奇術解説」の連載やミニ選書の『ホーカスポーカスシリーズ』が入手できるようになった昭和31年頃のことでした。寄稿したのは当時弱冠25歳だった高木重朗で、氏が読み解いていた海外マジック情報と、目玉記事を求めていた力書房の荒木茂郎社主の思いとが一致した結果、『奇術研究』は全国の愛好家にとってなくてはならない存在になりました。ちなみに高木氏によるこの時期の海外マジック解説はまとまった本を完訳したものではありません。種々の文献から選んだものを限られた同好の読者に紹介する形だったこともあって、著作権については出版元の力書房ですら思い至ることはなかったようです。

『奇術研究』創刊号(昭和31年4月1日刊)から始まった「海外カード奇術解説」

 その著作権が広く意識されるようになったのは海外マジシャンとの交流が増えてきた昭和50年前後からと記憶しますが、それでも複雑な著作権条約の内容を正しく理解できている人は内外共にほとんどいませんでした。出版業界でも著作権法に詳しい人はほとんどいませんでしたし、ネットのない時代でしたから著作権法や国際条約の条文を読み解くことは一般の奇術家にとっては不可能といっても過言ではありませんでした。
 前置きが長くなりましたが、著作権の中における翻訳権がどのように規定されていたのかを知ることは、マジックの翻訳史を正しく振り返る上では欠かせません。改めてその全貌を確認しておきたいと思います。

著作権の中で別扱いされていた翻訳権

 前回(その1)の最後で触れたように、実は翻訳権の保護期間は一般の著作権の保護期間よりかなり緩いものになっていました。例えば「翻訳権の十年留保」とされているものがその代表格です。これは本国で最初に出版になった年から10年以内に日本でその翻訳物が発行されていないときには、そこで翻訳権は消滅し、それ以降翻訳自由になるというもので、現在でも著作権が切れていない著作の一部には適用され続けています。ここで重要なのは、一般の著作権が著者の没年を基準にして没後の年数で保護期間を規定しているのに対し、「翻訳権の10年留保」というのは没年とは無関係で、出版年を基準に翌年からその年数を数えることです。
 一方、この10年の間に翻訳出版されていれば翻訳権は一般の著作権同様に没後50年(現在では70年)などの保護期間が与えられるため許諾を得ずして新規の翻訳出版はできません。この「翻訳権の十年留保」規定は日本がベルヌ条約に加盟して以来のもので(旧著作権法では第七条)、その後の条約改正でこの規定が破棄になったあとも、日本を含むいくつかの国にはその国情に合わせて継続的に認められてきましたが、現行著作権法に移行した1971年からは廃止になりました。
 なお、翻訳権に関する10年という留保期間に加えるべき戦時加算は著作権のそれとは若干違います。一般の著作物に対する戦時加算の日数(戦時に重なった期間を日割りで計算)に加えて更に6か月余分に加算が必要です(連合国及び連合国国民の著作権の特例に関する法律)。
 この「翻訳権10年留保」の規定は1971年1月1日に現行著作権法が発効になった時点で打ち切られ、その翌日以降に出版された著作物には翻訳権に関する特例的な扱いはなくなり、一般著作権の保護期間と同様に著者の没後50年(2018年12月30日以降は法改正で没後70年に延長)となったのです。逆に言えば、1970年12月31日以前に本国で発行された著作に対してはいまなお本国での出版後10年間に翻訳出版された事実がない限り、現在でも自由に翻訳することが許されています。これらのことは分かりやすく図表で後述します。

翻訳自由だったアメリカの著作物と戦後の混乱

 以上はベルヌ条約における翻訳権の変遷ですが、実はアメリカがベルヌ条約に加盟したのは遥か後年の1989年のことに過ぎませんから上記とは異なる点がいくつかあります。アメリカのマジック書籍には古い著作のものでも名著が多いため、こちらも正しく理解しておくことが肝要です。
 実は、アメリカとは明治39年以来「日米著作権条約」が結ばれていましたが、そこにはもともと翻訳権10年留保という規定はなく、二国間で相互に翻訳自由とされていたため(第二条)、旧著作権法でもアメリカは例外扱いでした(第二十八条)。そして戦後の1952年4月28日に締結された「サンフランシスコ平和条約」の発効に伴って「日米著作権条約」は破棄され、その後日米が「万国著作権条約」に加盟したことを受けて4年後の1956年4月28日からは相互主義の原則(それぞれの国で定められた保護期間の短い方の期間を保護すればいいという原則)が取り入れられるようになりました。他の主要国とはもともとベルヌ条約国同士でしたから日本はこれ以降どの主要国とも相互主義の関係になったのです。
 途中1952年から1956年の間の4年の空白期間については「日米交換公文」(暫定条約とも呼ばれる)が交わされそれに基づく運用が行われましたが、そこではアメリカの著作について日米著作権条約時代と同じ内国民待遇で扱うことが改めて確認され、その結果日本の著作権法(旧法)の「翻訳権10年留保」の規定(第七条)がアメリカにも認められることになりました。また日米著作権条約の時代の「翻訳自由」の精神が引き継がれたことによって戦勝国であったアメリカの著作といえども翻訳に関する限り戦時加算は不要とされ「翻訳権10年留保」は文字通り10年間が留保期間とされたのです。なお10年留保というのは発行後10年間翻訳出版されていなければそれ以後は翻訳自由という規定ですから、「日米交換公文」の効力は10年前の1942年に発行された出版物まで遡及することも併せて確認されています。

翻訳権の保護期間に関する早見表

 以上説明してきた諸々のことを反映して整理したのが次の一覧表です。

注:クリックすると拡大したものが新規のタブに作られます。
このタブをドラッグすると別ウィンドウで表示できるので、
2つを並べて表示することによって一覧表を見ながら本文を読み進むことができます。

 紙幅が限られているためすべての説明はできませんが、横軸には著作の出版年を、縦軸には国名をグループに分けて示しています。そしてこの中の緑色に塗られた部分に該当する著作が現在翻訳自由です。それらはいずれも1970年12月31日までに出版されたもので、ほとんどが「翻訳権10年留保」と記されていますが、イギリスなどの国に「翻訳権留保期間は10年プラス戦時期間プラス6か月」などと記されている期間があるのは前述の理由によります。左側のオレンジ色の欄は翻訳権留保期間内(例えば10年以内)に翻訳出版されたかどうかを表す欄ですが、「無し」の場合は留保期間が終了するとそれ以降は翻訳自由になるということです(但し、アメリカの場合は例外で、戦前発行のものは留保期間という概念自体がなく常に翻訳自由でした)。
 実際、マジック書の場合、本国で出版されてから10年を経過しても翻訳されていないものが非常に多く、それ以降は翻訳自由になるのですがそのことは日本のマジック界ではほとんど知られてないように見受けられます。一方、留保期間に翻訳出版が「有り」だった場合、翻訳権はその後も長く続きます(保護期間はマチマチですが古い著作では保護期間が終了したものが少なからずあります)。

イギリスにおける具体的な事例

 以上について、日本で関心が高いイギリスとアメリカの事例で説明します。まずイギリスですが、数多くの名著を出しているルイス・ギャンソン(Lewis Ganson:1913-1980)の2,3の解説本をとりあげましょう。彼はイギリス人ですが、アメリカ人であるダイ・バーノンの作品を数多く著しており “Dai Vernon Book of Magic”(1957)や、“Dai Vernon's Inner Secrets of Card Magic” とそれに続けてMore, Further, Ultimateなどの言葉を冠して出版になった4巻のシリーズ本(1959~1967)などが有名です。

The Dai Vernon Book of Magic

 著者のギャンソンは1980年没ですから一般的な著作権の基準で言えば没後70年まで保護期間であり(戦後の出版なので戦時加算は不要)、現時点でも保護の対象です(その1参照)。ところがこと翻訳に限っていえば状況は大きく異なります。上記の表のイギリスの欄をたどってギャンソンのこれらの著作の出版時期である1952年から1970年の部分の上段を見ると「緑色」に塗られていますが、これは発行した年から10年間翻訳出版がなければその後の翻訳が自由になる「翻訳権10年留保」が適用されるからです。私が知る限り“Dai Vernon Book of Magic”も “Dai Vernon's Inner Secrets of Card Magic” のシリーズ本もいままで翻訳出版されてないように思います。そうであれば誰がいつ翻訳本を出しても構わないということになります。
 問題は写真などの扱いですが、マジックの解説文に挿入されているものは「思想または感情を創作的に表現したもの」ではなく補助的に意味を伝えるのが趣旨ですから(保護すべき著作物性を備えているとは言い難い)そのまま使っても障害にならないものがほとんどと思われます。
 なお、正確に言うと“Dai Vernon Book of Magic”に収録されているCups and Ballsの部分だけは別冊子でも売られており、またその部分の翻訳は力書房から1960年に高木重朗の訳で『カップと玉』(ホーカスポーカスシリーズ6)として出版されています。これが正式に許諾を得たものなのかどうかは今となっては知る由もありませんが、面白いことに仮に正式な契約に基づくものでなければ「翻訳権10年留保」に影響を及ぼすことにはならないため10年後からは翻訳自由になります(正式な契約によるものであればギャンソンの没後70年迄保護の対象)。

アメリカにおける具体的な事例

 一方、アメリカの場合はかなり複雑です。いくつかの事例で見ていきます。例えば、前回とり上げたジーン・ヒューガードとフレッド・ブローイの共著である“Expert Card Technique”(1940)を取り上げた際、その著作権はいまだに保護期間内にあると説明しました。ところが翻訳に限れば事情は全く異なります。

Expert Card Technique

 上記の表のアメリカの欄で出版年が1940年のところを見てわかるように翻訳はもともと自由であり、そのことは当時の「日米著作権条約」の第二条で翻訳自由が謳われていたのです(翻訳権10年留保の話とは関係なく、もともと両国の著作者には翻訳権はありませんでした)。従って、“Expert Card Technique”の翻訳は自由であり、またイラストについても著作物性は希薄のようですから出版に障害は生じないものと思われます。
 ミルボン・クリストファー(Milbourne Christopher:1914~1984)による “Panorama of Magic”(1962年出版)という本があります。写真やポスターを多用したマジック史の解説本として有名で、のちに “Magic: A Picture History”の名で新装版が出ています。著者の没年は1984年ですから一般的な保護期間としては2054年まで著作権がありますが、翻訳に限れば10年の留保年限が過ぎていますから1962年から10年を経た1973年以降は翻訳自由です。実際1975年になって『世界の魔術』のタイトルで東京書房社から出版されましたが(翻訳は梅田晴夫)、この書は写真やポスターなどが満載です。ただそれらはこの書のために新たに制作されたものではありません。個人的な印象では、マジック史を解説するという本来の目的のために、一次資料としての根拠を示す必要性から引用したものであり(出典を明示するなど正当な範囲内の使用)、許諾取得は不要と考えて発刊したように思います。

 ウォルター・ギブソン(Walter B. Gibson:1897~1985)の著作に “Secrets of Magic: Ancient and Modern”(1967年出版)というマジック史の解説本があります。この本は古代から伝わる現象を含めイリュージョンの通史を著した名著ですが、その翻訳書が『奇跡と大魔法』のタイトルで金沢文庫から出版されたのは1974年のことでした(翻訳は高木重朗)。原著作が出てから7年目の出版ですから「翻訳権10年留保」の期間内に当たることになるため(一覧表の「有り」に該当)、正式な翻訳出版契約が行われた上での出版だったと想定されます。

Panorama of Magic

 これは留保期間内に著作権者が翻訳権を行使したことになり、その権利は10年で消滅することなく一般の著作権と同様に長期間保護されます。そして、その保護期間はアメリカ以外の国であれば没後50年とか70年というのが一般的ですが、アメリカの著作の場合はここがとても複雑なのです。

二本立てで複雑なアメリカのルール

 一覧表のアメリカの欄をたどって出版年が1967年のところの説明を見るとそこには保護期間として次のように書かれています。

日本の「没後70年」と米国の 「登録後28年 or 再登録後67年(最長95年)」の比較で短い期間


 スペースの関係でほとんど理解不能な表現になっていますので、ここで詳しく説明を加えます。実は、アメリカの著作権の保護期間の考え方は1976年法(1978年1月1日発効)を境に大きく異なります。1978年以降に発行したものの著作権は没後50年迄(その後没後70年に延長)と決められましたが、1909年に出来た元々の制度では発行年(登録年)を起点に28年間を保護期間と定めていました。ただその28年目に再登録申請をした時に限って更に28年(合計56年)期間が延びるという仕組みになっていました。ところが1976年法による改正の結果、1977年末の時点で保護継続中の著作についてはそれまで28年だった延長期間が47年に改定され発行年から合計75年(28+47=75)にわたって保護されることになりました。1978年以降に発行された新しい本の著作権の保護期間は没後50年とされたことはすでに説明した通りですが、この法改正によってそれ以降、新旧の著作で異なる保護期間が併行して存在するという二本立ての制度になったわけです。更に1998年の法改正で1977年以前の著作の延長期間は67年に再延長されて発行年から合計95年(28+67=95)の間保護されることになり、その一方で1978年以降の新しい著作については没後50年から70年に改正されるという経緯を経て今日に至っています。以上は一般的な著作権について説明したものですが、1977年以前の出版物における「翻訳権10年留保」の規定にも準用されます(違うのは日本で出版される場合に、一般的な著作権では戦時加算が必要な場合にも、翻訳に限っては戦時加算がないということです)。
 ですからアメリカで出版された1977年以前の著作の著作権や翻訳権は出版年から28年後にパブリック・ドメインになっているものがある一方、再登録申請したものは95年間保護期間が認められ現在から将来に向けて権利が持続しているものがあるのです。「登録後28年 or 再登録後67年(最長95年)」という文言はそのことを述べたものです。
 ところが古い著作の場合、再登録申請をしていたのかどうかを知るのは一般の日本人にとっては簡単なことではありません。従って翻訳出版を企画する出版社(或いは翻訳者)は著作権仲介業(エージェント)などを通じて確認することが必要になります。
 ただこの著作の翻訳権を日本で何年間保護しなければいけないかということになると、更にもうひと手間の判断が必要です。相互主義の原則によって、アメリカにおける保護期間(上述)と日本における保護期間(没後70年)を比較の上、短い方の期間を保護すればよいため、日本の「没後70年」と米国の 「登録後28年 or 再登録後67年(最長95年)」を比較して、どちらが短い期間なのかを見定めることが必要です。
 前回の(その1)で示した一覧表の【注4】で「アメリカの1977年以前の著作の保護期間は没後70年だけでなく没後28年という例外がある」と記しましたが、そこにはこのような事情があるのです。

知られていない歴史的な経緯

 残念なことにこの「翻訳権10年留保」の規定はあまり知られていません。ただ、翻訳出版をしようとする方のみならずこの規定の存在は知っておく必要があります。というのも過去の海外のマジック関係書籍の翻訳本に対して不用意に「無断翻訳だった」と解釈されている方がままあるからです。実際そういった誤った認識を海外のマジシャンに与えて日本への不信感を抱かせていることさえ現実に起きています。
 一方、海外の出版社でさえ、日本では現在も1970年以前の著作物の場合10年間未翻訳の著作では翻訳権が消滅しているという事実をほとんど知りません。その理由は、ベルヌ条約における翻訳権10年留保の条項が1928年のローマ改正条約で本則から削除され例外規定扱いとなり、1951年のジュネーブ改正条約時には主要国は翻訳権10年留保を放棄しているためそういった規定のあったこと自体が記憶から喪失しているからです。翻訳権の歴史に知識のない海外のマジシャンであればなおさらのことで「日本は無断翻訳大国」と誤解されかねない危惧がいつまでも付きまとっているのが現状です。ぜひ注意を払っていただきたい点です。

 翻訳に関しては、歴史に埋もれたいろいろなエピソードがあります。機会を見てそういったことも記しておきたいと思います。

【2021-4-5記】

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