麦谷眞里

消える鳥籠(1)

(はじめに)

 両手の間に持って消える金属製の直方体の鳥籠のことです<写真1>。私が初めてこの奇術の実演を見たのは、「それは私です」というNHKの昔のテレビ番組でした。演じたのは、いまは亡きハリー・ブラックストン・ジュニア。そのとき、彼は続けて二度演じました。一回目は籠の中にカナリアが入っていて、二回目は鳥籠だけでした。二回目のときは、複数の子供たちに籠の周囲を手で囲ませていたような気がします。いまとなっては、それは標準的な演じ方だとわかりますが、当時は、いったいどこに消えたのだろうと、ものすごく不思議でした。

<写真1>

 そのとき受けた衝撃は忘れがたいものがあります。 私は、その当時子どもでしたが、すでに手品を始めていて、それまで見たことのない現象だったために、これはこの外人マジシャンのオリジナルの手品だと思いました。以後、かなりの長い年月、そう思い込んでいたのです。しかし、そのうち、深く考えなくなりました。というのも、同じ手品を見る機会がなかったからです。後年、どこかで偶然ハリー・ブラックストン・ジュニアを見たとき、そのときになって記憶が蘇り、ああ、このマジシャンは、あのときの、「消える鳥籠」のおっさんだ、と思ったくらいがせいぜいです。

 私の不幸は、次の実演を見ることなく、道具である「消える鳥籠」そのものを手にしてしまったことです。 たぶんアメリカのどこかの奇術大会のディーラー・ブースだったと思います。 あるディーラーの陳列台で、グシャッと潰れる銀色の鳥籠を見つけてただちに買いました。値段はもう覚えていません。 不思議なことに解説書が付いてきませんでした。 ということは、カップ・アンド・ボールなどと同じく、マジシャンであれば、標準的な使い方は誰でも知っているということなのだろうか、と私は勝手に思いました。 実際は、解説書が添付されているものもあって、さらに後年になって買い求めたMilson-Worthの製品には、この”Vanishing Bird Cage”の「やり方」の解説書<写真2>が付いてきました。 Milson-Worthは、私がアメリカにいた約35年前には盛んな奇術用具メーカーでしたが、いまはもう存在していません。 したがって、製品は、ほとんどコレクターズ・アイテムになってしまっていますので、あえて鳥籠の解説書の写真とカタログの写真を掲げておきます。

<写真2>

 さて、いくつかの鳥籠を買ってはみたものの、なかなかどうして実演する気にはなりませんでした。その最大の理由は、私の所有している複数のグシャッと消える鳥籠が、いずれも、籠とマジシャンの身体の一部とが最初から固定された紐で繋がっているため、演技の最初にしかできないものだったからです。少なくとも、私はそう思いこんでいました。たとえば、テレビのジョニー・カーソン・ショーに出演したハリー・ブラックストン・ジュニアは、最初にこれを演って観客の度肝を抜いてびっくりさせようと準備していたのはいいのですが、鳥籠を両手に持って出てきた彼に、何も知らないジョニー・カーソンが右手を差し出して握手を求めたのです。これに対して、ハリー・ブラックストン・ジュニアは、右手が紐で繋がっているために差し出せないので困惑したのは有名な話です。

 もうひとつ別の理由としては、潰れて棒状になった鳥籠が、消えたあとで袖の中に残っているので、それ以後のほかの演技に制約が生じると思ったからです。つまり、この2つのハードルを単純に考えると、演技の最初でかつ最後にしか演じることができないことになります。それはとりもなおさず、これしかできないということにほかなりません。途中で幕間や着替えのある職業奇術師ならともかく、われわれアマチュアの世界では、それでは限界があると思っていたのが、あまり積極的に考えなかった大きな要因です。

 これら2つのハードルが急にすべて取り除かれたわけではありません。しかし、少なくとも、鳥籠と紐とを適宜フック(クリップ)で繋ぐことによって、演技の途中でもできるということがわかりました。また、袖の中に入った棒状の鳥籠をさらにリールなどで引いて、腕を動かしやすい位置にまで持ってくるという工夫をすれば、必ずしも最後でなくとも演ずることができるのではないか、と思われるようにもなりました。さらに近年になって、ビリー・マッコムのスローモーションで消える鳥籠の解説ビデオが出るにあたって、あのようにスカーフを使うなどの工夫をすれば、充分に実用的な手品になる、と思い始めてきたのです。
そこでまず、標準的な用具と「消し方」の説明から入り、実際にどのような活用方法があるのかを検討してみました。

鳥籠そのものの検討

 アメリカの奇術用具店なら、たいていのところは、この「消える鳥籠」をカタログに収載しています。安価なものなら60ドル(約6200円)ぐらいで入手できますが、たとえば、ビリー・マッコムのセットは、真鍮製のボックスやテイクアップ・リール、それに演技の権利許可書などいろいろ付いているセットとはいえ、1500ドル(約16万円)もします。安い鳥籠と高い鳥籠とでは、どこが違うのでしょうか?
 たとえば、前述のハリー・ブラックストン・ジュニアが使っているタイプのものは、まったく同じものではないにせよ、60ドル前後(約6200円)で入手可能です。それに比べて、ビリー・マッコムも使っているリントホルスト・タイプのものは、小さいものでも280ドル(約3万円)します。現象が同じ奇術用具で値段が大きく異なるものと言えば、リンキング・リングや、チョップ・カップなどの「カップもの」もそうですが、金属物は材質の異なるのが最大の違いだと思われます。しかし、鳥籠の場合は、材質もさることながら、上手に「グシャッとなる」ことが最も大事な要素です。実は、その点が、値段の高いものはよくできています。私も、Milson-Worthの製品を使うまでは、どれも同じだと思っていました。しかし、実際に使ってみると、こんなに違うものかと思います。それは、チョップ・カップなどもそうで、Rings ‘N Thingsの50個限定の300ドルのカップを使ってみて、なるほど、と感心した覚えがあります。

 さて、「消える鳥籠」というのは、直方体のものだけでなく、かつて売られていた製品の中には円柱状の丸い形のものもありますが、最近ではどこのディーラーに訊いてもありませんし、仮に中古品であったとしても、なかなか入手が困難ですので、ここでは直方体形式のものに限って扱います。しかし、それに限ったとしても、すでに私が例に挙げたブラックストン・タイプのものやリントホルスト・タイプのもの以外に、ダベンポートやケン・ブルックなどの奇術用具メーカーによって形状や微妙に使い勝手が異なるものや、使っているプロ・マジシャンの名前を被せたものなど、いろんなタイプのものがあって、それぞれに特徴があります。共通しているのは、直方体の檻のような鳥籠が斜めに潰れて棒状になることだけです<写真3>

<写真3>

 今回扱うのは、このうち、鳥籠の隅にフックのための大き目のリングが付いているタイプのものです。これなら、前述のハードルのうち、「最初に演技しなければならない」という障壁が取り除かれます。古いタイプの製品でもリングは付いていますが、これは紐を結び付けるための小さいものであって、プル側のフックを引っ掛けるための充分な大きさがあるとは言えません。最近の製品は、かなり大き目のリングが付いていて、手順の途中で引っ掛けるのが容易になっています<写真4>。もっとも、リングさえ交換すればいいわけですから、これはそれほど大きな問題ではないかもしれません。

<写真4>

 次に、サイズですが、これもいろいろあります。ちなみに、現在売られているリントホルスト・タイプのものは2種類造られていて選べるようになっています。大きい方が、約15センチ×13センチ×13センチで、小さい方が、約13センチ×9センチ×9センチです。前述のMilson-Worthのものは、その中間の大きさです。あたりまえですが、サイズの大きい方が、グシャッとなったときの長さも長くなります。マジシャンの腕の長さや演技のスムーズさを考えると、小さいほうがいいような気のするのが人情ですが、これがそうでもないところに、この用具のややこしさがあります。 というのも、消すときは、グシャッと棒状になった鳥籠を袖に入れるのですから、長さももちろん大事ですが、全体のボリューム、すなわち「嵩」とか、袖の中を通過するときのスムーズさ、とかも重要なのです。そのため、棒状になったときの厚みや、全体をしごいて撫でてみたときの滑らかさ、とかが選択の大きな要素であるとも言えます。
 具体的に言いますと、小さめのサイズのスタンダードなものを2つ、棒状に潰してからの長さと最大の厚みを測ってみると、長さは、両者ともに30センチ前後ですが、厚さは、それぞれ3センチと3.5センチでした。一方、Milson-Worthのものは、直方体の大きさそのものが大きくて、棒状にしたときの長さも37センチ近くあるのに、最大の厚みは2センチを切ります<写真5>。ということは、袖の中に入れることを考えると、長さの方はプルで余分に引っ張ればいいわけですから、厚みのないほうが格段に使い勝手がよいので、必ずしも小さい方に軍配が上がるわけでもないのです。また、欧米人は身体も手も大きいので、大きいサイズの鳥籠のほうが舞台栄えがするということも言えるでしょう。私自身は上背もあまりないし、手も大きくはないので小さい方のサイズの鳥籠で充分です。

<写真5>

 滑らかさも大事ですが、これは棒状にしてから素手かあるいはシルクで包んでしごいてみて、もし、スムーズでない箇所があれば直せばいいのですから、それほど大きなハードルではありません。特に最近の製品はよくできていて、昔の手作りのもののように、溶接やハンダでくっつけた籠の一部が引っ掛かるということがありません。もともと直方体の物体が斜めに潰れるわけですから接合部に可動域の多い製品なのです。したがって、そうした部分をしっかり作ればいいのですが、あまりしっかり作ると潰れるときのスピードが減衰されてしまうのが辛いところです。
 重さは、軽いもので120グラムくらい、重いもので170グラムくらいです。アルミのものが登場してこないところを見ると軽ければいいと言うものではないようです。それに、鳥籠としての見た目もあると思います。実際に練習してみると、重さはあまり関係なくて、むしろ潰れる速さや滑らかさのほうが大事だということがわかります。

 以上のことを総合すると、サイズは小さめでいいですが、やはり値段の高い製品のほうが、実際の演技には向いているようです。

つづく≫