麦谷眞里

ザ・ブルー・ファントム(1)

はじめに

 「ザ・ブルー・ファントム」というのは、手品の商品名です。私の所蔵しているものは、アメリカ合衆国カリフォルニア州にあるOwen Magic Supremeの製品で、現在でも購入できます<写真1>。さて、これを読んでいるみなさんに質問です。この手品、実際に観たことありますか?私は、外国の奇術大会のディーラー・ブースに飾ってある商品を見たり、オークションの写真で用具を見たりしたことはありますが、マジシャンが実際にこれを演じているのを観たことはありません。後述するオトカー・フィッシャーの本で、すでにタネも仕掛けも知っていたので、長い間、私の購買欲は刺激されませんでした。それは、単純な現象に比べて価格がやや割高なのも大きな理由でした。

<写真1>

 Owenだけでなく、いろんな奇術用具店が独自のものを製作・販売していて、必ずしも「ブルー・ファントム」という商品名ではありません。「チャイニーズ・クロック」とか、「トラベリング・チェッカー」という名前で販売されていることもあります。

1.現象

  1. 単純です。筒を上げると、金色のチェッカーが6個と青色のチェッカーが1個積み重ねてあります。写真ではサイズがわからないので記載すると、チェッカーは、厚さが約3.5センチ、直径が約8.5センチです。筒は高さが約29センチで、チェッカーにギリギリ被せることのできる直径幅になっています<写真2>。実際にゲームで使用するチェッカーはこのように大きくはないし、真ん中に穴も空いていませんが、Owenの説明書でもチェッカーと呼んでいますので、ここでは、その呼称にしたがいます。
  2. <写真2>

  3.  筒とチェッカー以外に、積み重ねたチェッカーを固定するためのロッドがあります<写真3>。私のロッドは真鍮でできていて、黒い台座に固定されています。ちなみに、世界で販売されている商品は、必ずしもこのような材質や色合いではなくて、チェッカーの色も、ロッドの台座の色もまちまちです。
  4. <写真3>

  5.  6つの金色のチェッカーと1個の青色のチェッカー(これが「ブルー・ファントム」の名の由来)を一個ずつ改めながら、ロッドに通して積み重ねて行きます。順序は、金色のチェッカーを6個積み重ねたあとで、最後に一番上に青色のチェッカーを載せるのです<写真4>。チェッカーは観客に改めさせることも可能です。
  6. <写真4>

  7.  この7個の積み重ねたチェッカーの山に、中を改めた筒を一旦被せます。次いで、マジシャンがおまじないをしてから筒を持ち上げると、なんと、一番上に載せたはずの青いチェッカーが、6個の金色のチェッカーの中央に移動しています<写真5>
  8. <写真5>

  9.  再び、筒を被せます。筒の直径は、ほぼチェッカーの直径と同じくらいですから、チェッカーが筒の中で移動することはおよそ不可能に見えます。再び、マジシャンがおまじないをかけます。そして、筒を持ち上げると、今度は、青いチェッカーが金色の6個のチェッカーの一番下に移動しているのです。<写真6>。観客の驚きは一様ではありません。
  10. <写真6>

  11.  マジシャンは、筒を横に置いて、ロッドからチェッカーを一個ずつ取り出して、机の上に並べますが、何の仕掛けもありません<写真7>
  12. <写真7>

  13.  以上が、「ザ・ブルー・ファントム」の典型的な現象です。商品が「チャイニーズ・クロック」として販売されているものは、きっと、これが中国の昔の時計であると見立てて、青いチェッカーの位置によって時間がわかる、とでもされている演出だと思います。

2.沿革

 Whaleyの事典によれば、ウィーンの奇術師、Hans Trunkによってドイツで考案されたものです。1929年にオトカー・フィッシャーによって、その仕掛けややり方も含めてヨーロッパで紹介され、翌1930年12月には、Thayerによって、「ザ・ブルー・ファントム」という名前でアメリカ合衆国に紹介されています。
 T.A.Watersの事典にも記述はありますが、現象の記述も沿革の記述もラフで、どこかのカタログを参照したか、誰かに聞いて書いたような感じの内容で、とても参考にはできません。
 ルイス・タネンのカタログ#1(1949年)には、まさに「ブルー・ファントム」という商品名で掲載されており、価格は27.50ドルです<写真8>。当時の27.50ドルがどれくらいの価値があるのか瞬時にはわかりませんが、同じカタログに掲載されている「テレビジョン・カード」や「ゾンビ・ボール」が10ドルであることを考えると、最近、「テレビジョン・カード」も「ゾンビ・ボール」も廉価版が出回っているとはいえ、購買力平価の比較で行けば、まあ、いまの3~4万円くらいでしょうか?しかしながら、実に、1949年の1ドルは4月に360円という固定相場にされた年ですから、そのレートで行けば、1949年の価格で9900円ということになります。当時「かけそば」は一杯15円でしたから、仮にいま一杯300円とすると20倍の計算になり、20万円近い価格設定ということになります。

<写真8>

 現在の販売価格は、商品によって差があり、基本的な現象と「仕掛け」はほぼ同じですが、材質や出来栄え、さらに操作性に多少の違いがありますので、それが価格差にも反映されています。私の持っているOwenのカタログNo.12(2006年版。現状では一番新しい)では、価格が750ドル(約7万円)になっています。しかしながら、すでに12年経過していますので、たぶんいま注文すると、もっと高いと思われます。Owenは、原則としてディーラーに卸売りをしないので、直接注文するか、ディーラーが別ルートで入手したものを購入するしかありません。したがって、日本から購入するとなると、配送料も含めると、おそらく9万円近い価格になってしまい、手品用具としては、やや高価に感じられるかもしれません。
 前述のオトカー・フィッシャーの本は、”ILLUSTRATED MAGIC”というタイトルのもので、私の持っているものは、1931年10月にアメリカ合衆国で出版されたものです。現象の記述は、前述の私のものとまったく同じで、解説されている仕掛けもほとんど同じです。ただ、本の掲載写真では、1個しかないチェッカーはむしろ黄色に見えて、まるで「イエロー・ファントム」のように見えるのは面妖です<写真9>

<写真9>

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