麦谷眞里

ザ・ブルー・ファントム(2)

3.仕掛け

  1.  青色のチェッカーは3つあります。厳密には2つですが、観客から青色のチェッカーとして目視されるのは、異なる3つの青色のチェッカーです。ひとつは、最初に見せる、タネも仕掛けもない青色のチェッカー、もうひとつは、シェルに描かれた青色のチェッカー、そして、3つ目は、ロッドの台座の中に隠されていて、最後に一番下になって出てくる青色のチェッカーです。まさに、ブルー・ファントムそのものです<写真10>。この3つ目の青色のチェッカーは、台座の中に隠されているときのために、上面だけ黒く塗ってあります。したがって、最後に、チェッカーをロッドから抜いても、このチェッカーだけは、観客に渡すことができません。カタログによっては、最後にもすべてのチェッカーを観客に改めさせることができるように書いてあるものもありますが、実際には、最初だけです。
  2. <写真10>

  3.  ロッドの中にはシャフトが通っていて、これで、台座の中に隠しておいた青色のチェッカーを押し上げます<写真11>。同時に、その上に載せられている計7個のチェッカーも持ち上げねばならないので、かなりの重さになります。したがって、実際にこれを片手で行なうのは、たとえば、女性のマジシャンには無理ではないか、と私などは思ってしまいます。
  4. <写真11>

  5.  青色のチェッカーが中央に移動したように見えるのにはシェルを使います<写真12>。シェルは、筒の中に隠されていて中空です。これを筒と一緒に持ち上げるときはピンで固定されており、また、チェッカーにシェルとして被せるときはピンを外して筒だけを持ち上げます。
  6. <写真12>

  7.  筒の上部には穴が開けられており、ここから親指を入れて、チェッカーの一番上に載せた最初の青色チェッカーを押さえて筒と一緒に持ち上げます<写真13>
  8. <写真13>

  9.  以上が、ブルー・ファントムの大まかな「仕掛け」です。昔は、現象を優先させて、手間暇かかっても、このような複雑で優雅な仕掛けを平気で考えていたことが偲ばれます。パティック・フィリップやブレゲの機械式時計を例に挙げるまでもなく、ヨーロッパ人というのは、伝統的に、このような複雑な仕掛けに執着する傾向があり、手品においては、トミー・ワンダーの「仕掛け」などが、その典型例だと思われます。

4.考察

  1.  さて、私は、冒頭で、この「ザ・ブルー・ファントム」の演技を観たことがない、と書きましたが、それは外国でも日本でも、奇術師が行なう生の演技を観たことがないという意味であって、実は、インターネットの動画で観たことはあります。そして、実は、少なからずショックでした。そして、そのことが、ここで取り上げようと思う動機にもなったのです。
  2.  インターネットで検索すると、いわゆる「ブルー・ファントム」の演技の動画が、YouTubeなどで、いくつか観られます。不思議なのは、ネットの動画で見られるものは、すべて、最初に青色のチェッカーが一番下にあって、それが、中央、そして一番上、と私の書いた現象とは逆になっていることです。T.A.Watersの事典の現象の記述もそのようになっていますので、それが、いまの奇術界でのひとつのパターンであることはわかりますが、これは間違いです。というよりも、1931年にヨーロッパからアメリカ合衆国に紹介したオトカー・フィッシャーの本では、青色チェッカーは、一番上→中央→一番下の順に移動する記述になっています。したがって、それがオリジナルの現象であったことは疑う余地がありません。
  3.  演技の流れからしても、上から下へ移動するのが自然です。私がもっとも疑問に思うのは、青色チェッカーを一番下に置いてから筒を被せ、ただちに筒を持ち上げて、青色チェッカーが中央に移動したことを見せると、観客の誰もが一番下の青色チェッカーは、おそらく台座の中に落としたのではないか、と思うことです。そして、そのことは、最終的には正解です。どうやって中央に来たのかはもちろんわからなくても、最初に一番下にあった青色チェッカーが、最終的に台座の下に隠れた、ということは類推できます。
  4.  しかも、最後のクライマックスでは、その青色チェッカーが一番上に現れるわけですから、観客は、きっと、始めから筒の中に一個あって、それをちょこんと載せただけだと想像できます。
  5.  どうして、こんなことになったのでしょうか?それは、青色チェッカーを台座の中から上に上げるより、上から下に落とすほうが機構は簡単だからです。しかも、実は、演技もやさしいのです。つまり、商品としては作りやすくて、さらにマジシャン側にとってもイージーなのです。
  6.  さらに、意外なことは、動画で見る限り、使われているチェッカーが、上面・下面とも黒に塗ってあることです。これなら確かに青色チェッカーの見せ方に特に気を使わなくても済みますが、あまりにも安易ですし、側面だけ黄色や青色のチェッカーは、あまり美しくありません。
  7.  世の中に紹介され、製品化されてから80年も経つと、このようになってしまうのは驚きです。

5.演技とやり方

[セット]

 ロッドのシャフトを下げ、台座の中に上面が黒に塗られた青色チェッカーを入れておきます。その上に6個の金色のチェッカーをロッドに通して載せ、一番上に、青色のチェッカーを載せます。この状態で、シェルをセットした筒を被せておきます。シェルは、筒を持ち上げたときに筒と一緒に付いてくるようにピンを固定しておきます。

[やりかた]
  1.  筒を持ち上げて、台座の上に重なった7個のチェッカーを見せます。筒を脇に置き、チェッカーを一つずつロッドから抜いて示します。場合によっては観客に一つずつ渡して調べさせてもかまいません。観客が十分調べたら、再び、6個の金色のチェッカーをロッドに通し、最後に青色のチェッカーを載せます。
  2.  筒を取り上げて中を見せます。シェルは内側も黒いので、観客に気付かれることはありません。筒をシェルごと被せます。被せたら、ロッドのスイッチでシャフトを持ち上げて、台座の中から青色チェッカーを上に出します。いま、筒をシェルごと取り除くと、一番上と一番下に青色チェッカーがあることになります<写真14>。もちろん、これはいま説明のために筒を取り除いたのであって、実際は、このようなことはしません。
  3. <写真14>

  4.  おまじないをかけてから、筒を持ち上げますが、このとき、筒を回転させて、シェルのピンを外し、シェルを残して筒だけを持ち上げます。また同時に、親指を筒の穴から入れて、一番上にあった青色チェッカーを筒と一緒に持ち上げます<写真15>。そうすると、あたかも、一番上の青色チェッカーが中央に移動したように見えます。
  5. <写真15>

  6.  再び、筒を被せます。おまじないをかけて、今度は、筒を逆に回転させてシェルのピンを固定します。筒の穴から親指を入れて一番上の青色チェッカーを固定しつつ、同時にシェルも筒に固定して一緒に持ち上げます。そうすると、あたかも、中央にあった青色チェッカーが一番下に来たように見えます<写真16>。このまま筒を脇に置きます。中のシェルと青色チェッカーとの微妙な大きさのバランスで、親指を外しても、青色チェッカーが下にいきなり落ちることはありませんから、安心して置きます。
  7. <写真16>

  8.  空いた両手で、チェッカーをロッドから一つずつ取って示します。最後の青色チェッカーの上面は黒いので、5個目の金色チェッカーと最後の青色チェッカーは2個同時にロッドから外して、青色チェッカーの黒い面が観客から見えないようにして示します<写真17>
  9. <写真17>

6.コメント

 これは、一種の「記録」の意味で、取り上げました。こんなふうに取り上げて書いておかないと、だんだんオリジナルの形が忘れ去られていくからです。実は、私の所蔵している正真正銘のOwenの用具も、解説書は非常にラフで、手品のことをあまり知らずに、この手品の現象だけを観て、初めてこの用具を購入したひとが無事演技できるかというと、およそ不可能に近いような記述です。いまさらながら、手品用具の解説の重要性がわかります。昨今のようにDVD解説が普及して来れば、細部までわかって便利は便利ですが、その分、文章の解説の付いてこないものもあり、カードのセットなどは、それだけでDVDを回すのは、これまた億劫で、印刷物があれば、セットのところだけ見られるのに、と思ったりもします。それに、ステージ・マジックの用具などは、演出もDVDのそれに引っ張られてしまい、かえって、DVDの演技を見て、やる気を失ったりしますので、良し悪しだと思っています。

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