麦谷眞里

シリンダー・アンド・コインの話(3)

私の「シリンダー・アンド・コイン」

 最近は、ギャフ・コインを造る技術が進んで、昔のようにエキスパンディッド・シェル一枚を単売している商品だけでなく、シェルが綺麗にかぶさるコインをセットにして売ったり、シェルの状態と手品に使用する普通のコインの状態とを同じにしたセットを販売したり、なかなか芸が細かくなりました。なるほど、そういうものを実際に使ってみると、シェルのかぶさり方が非常によくて、しかもシェルの内側まで加工されていて音もしないような構造になっているのには感心します。さらに、近年では、シェルが2枚も3枚もかぶさっているものや、フリッパー・コインが重力で開くものや、3連で開くものなど、特殊なギャフ・コインが次々と製造・販売されています。メーカーも、日本で手に入るのは、かつてはジョンソン・プロダクツ1社だけでしたが、いまは欧米にいくつもあります。そこで、今回は、そのようなギャフ・コインの技術革新と発展の恩恵を享受して、「シリンダー・アンド・コイン」でも、スタック・コインだけではなく、そもそも、4枚のコインを一枚ずつ消して行く段階からギャフ・コインを使おうというものです。こういう方法が嫌いな方には申し訳ありません。しかし、観客から見える現象としては大同小異であることをもって盾としたいと思います。
 ジョン・カーニーは、手順の冒頭で、4枚のモルガン・ダラーをテーブルの上に並べたあと、そのうちの一枚を指先に取り上げてから、そのコインで、残りの3枚を叩きながら、コインは4枚とも、ゴム製や偽物のコインではなくて、ちゃんと本物の金属製のモルガン・ダラーであることを示します。しかし、現実の世界では、まったく普通の人が、取り出された流通コイン(過去に流通していたものも含めて)を見て、それが金属製でないのではないかと疑うことは稀です。カーニーとしては、本物の大きなモルガン・シルバー・ダラーがこれから観客の目の前で一枚ずつ消えて行く、ということを強調したいのでしょうが、観客に手渡して調べさせるわけではないのですから、ここは、あたかもコインをタップしたように見えれば十分です。

必要なもの

  1. モルガン・ダラーにシェルが2枚かぶさったもの<写真1>を1セット。これは、欧米のコイン専門の奇術材料店でも販売していますし、日本のクライスでも入手できます。価格は、いずれも3万円前後です。できれば、軽くマグネットでロックされるものがいいです。シェルが3枚かぶっている商品もありますが、ハンドリングの関係で、今回の手品には適していません。
  2. <写真1>

  3. モルガン・ダラー 1枚、モルガン・ダラーのスタック・コイン 1個、モルガン・ダラー用シリンダー 1個、マジック・ウォンド 1本、コルク 2個 <写真2>
  4. <写真2>

準備

 蓋のあるシリンダーを使う場合は、ポケットから取り出すことができますが、ここでは、蓋のないシリンダーを使うことにして、まず、テーブルの上に2枚のシェルを大きいほうから順番に置き、その上に2枚の普通のモルガン・ダラーを載せて、あたかも4枚のコインのように見せ、さらにその上にコルクを1個載せます<写真3>

<写真3>

 この上に、スタック・コインを載せ、さらにその上にコルクを置いて、この状態でシリンダーを上からかぶせておきます<写真4>。マジック・ウォンドはテーブルの右脇に除けておきます。

<写真4>

やり方

  1. 右手でシリンダーを取り上げますが、シリンダーの外からスタック・コイン(と上のコルクと)を一緒に持ち上げて、テーブルの上には、4枚の重なったコインともうひとつのコルクだけが現れるようにします。
  2. 左手でテーブル上のコインの上のコルクを取り上げて左掌の上に置き、そこに右手のシリンダーをかぶせます。ただちに、左手首を返してスタックの上にあったコルクを右掌に落とします。スタック・コインとその下のコルクは、左手の指先で押さえて落ちてこないようにします<写真5>。シリンダーが空であることを間接的に示したわけです。
  3. <写真5>

  4. 右手のコルクをテーブル上に置いて、その手でウォンドを取り上げます。同時に左手のシリンダーを左親指で客側に倒してそこに手前からウォンドを差し入れてクルクル回します。スタック・コインは、中にコルクを入れたまま、左手にフィンガー・パームしています<写真6>
  5. <写真6>

  6. シリンダーを再び左手に戻し、ウォンドは左脇に挟みます。スタック・コインとコルクもシリンダーの中に戻して、それを右手でテーブルの上に置きます。テーブルの上に見えているコルクを右手で取り上げて、シリンダーの上から入れます。ただちに左手でシリンダーを中のスタック・コインと一緒に上にちょっとだけ持ち上げて、確かにコルクが入っていることを示します。もちろん、このコルクは、上から入れたコルクではありません。シリンダーをコルクの上に戻します。
  7. 右手で、テーブル上の4枚のコインを右側へ一列に広げます。上の2枚が普通のコインですから、この2枚が右側から一枚目と二枚目になります。次に、右手で左脇に挟んだマジック・ウォンド持って、これで、一番右端とその次の普通のコインを軽く叩いて、「コインが4枚あります」と言います。シェルは叩きませんが、もし、リズム感を大事にするのなら、シェルの2枚は、コインではなくて、手前のテーブルを軽く叩きます。ウォンドは再び左脇に挟みます。
  8. 右端の普通のコインを右手で取り上げ、これを左手に渡したとみせて、右手にフィンガー・パームし、右手でウォンドを持って消します。
  9. ウォンドを左脇に挟んで、左手で、テーブル上の3枚のコインを重ねて取り上げますが、取り上げ方は、大きなシェルがもっとも客側、その次が普通のシェル、もっともマジシャン側が普通のコインになるようにして扇型に広げて取り上げます<写真7>
  10. <写真7>

  11. 右手で、左手の下側のコインを取ると見せて、一番下の普通のコインを中央のシェルにかぶせ、右手は、フィンガー・パームしていたコインを指先に出します。客からは左手の3枚のコインのうち1枚を右手に取ったとしか見えません。ここで、右手の1枚、左手の2枚をはっきり見せれば、コインが4枚から3枚に減ったことが観客にも明らかになります。マニアがびっくりするのは、こういう箇所です。
  12. 右手のコインを見つめながら、息を吹きかけ、ちょっと左右に振ります。何も変化が起きません。おかしいな、という仕草で、もう一度、同じことをしますが、このとき、左手もやや左右に振って、下側のコインを大きなシェルに入れてしまいます。右手のコインが消えずに左手のコインが一枚消えたことにマジシャン自身も驚いた風を装います。左右の手のそれぞれに1枚ずつになった2枚のコインをはっきりと見せます<写真8>。ここまで来ると、マニアは、ひょっとして仕掛けのある特殊なコインではないかと疑うものです。
  13. <写真8>

  14. 右手のコインを左手に握ると見せて、右手にフィンガー・パームし、握った左手の指先に残っているコインを右手で取り上げます。このコインで左手の拳を扇いで、左手を開き、コインが消えたことを示します。
  15. 右手の指先に残っているコインを左手に渡すと見せてサム・パームし、この手で左脇のウォンドを取ります。ウォンドで消えるジェスチャーをしたあと左手を開き、4枚目のコインも消えたことを示します。この最後のコインは、もちろんフィンガー・パームでもいいのですが、ソフト・コインでないと音がしますので、サム・パームにしました。ソフト・コインを用いる方は、フィンガー・パームでけっこうです。ただし、その場合は、スタック・コインも、シェル・コインもすべてソフト・コインでそろえなければならないので、カスタム・メイドになりますし、当然ですが高価になります。
  16. 左手でテーブル上のシリンダーを持ち上げて、コルクとその下にあるスタック・コインを示します。この間に、右手のコインは、ウォンドを左脇に挟む動作の陰で、2枚ともフィンガー・パームにしておきます。
  17. 「もう一回やってみましょう」と言いながら、右手でコルクを取り上げ、左手でシリンダーをスタック・コインにかぶせます。右手のコルクをよく見せてから、これを左手に渡すと見せて、右手にサム・パームしつつ、右手の2枚のコインを左手に渡します。
  18. 右手で、左脇のウォンド持ち、シリンダーの中のコインが一枚ずつ左手に移るような仕草をします。左手から左親指でシェルを外しながら、あたかも4枚のコインであるかのように、テーブル上に4枚のコインを並べます。右手はウォンドをテーブルの右脇に置いて、コルクをサム・パームしたまま、シリンダーとスタック・コインとを持ち上げて、コルク1個を示します。コルクとコインが入れ替わったことになります。
  19. シリンダーは左手に渡して、右手はウォンドを取り上げます。シリンダーを左手の親指で客側に倒して、そこにウォンドを挿入し、クルクル回します。コルクはずっと右手にサム・パームしたままです。
  20. シリンダーを左手に戻し、スタック・コインとともに上着の左ポケットにしまいます。この間にウォンドをテーブル上に置いて、右手で4枚のコイン集めて、上着の右ポケットに入れます。もちろん、コルクも入れます。最後に、ウォンドを上着の内ポケットに入れておしまいです。こういう形ですからリセットはできていませんし、したがって、テーブル・ホッピング向きではありません。

最後に

 2枚重ねのシェルの手順を解説したのには意図があります。最近のコイン・マジックは、演技の最初に、観客にコインを渡して改めさせるということをあまりしません。この「シリンダー・アンド・コイン」でも、僅かに、ジョン・カーニーが、テーブル上の3枚のコインを手に持った1枚のコインでそれぞれを叩いて、本物のコインであることを示すのが唯一の「改め」です。そもそも、コインを観客に改めさせる必要があるかどうか、というのも議論のあるところです。4枚ものコインを観客に手渡して改めてもらうと、演技のスピードやリズム感が損なわれて、冗長な感じになるのも事実ですし大きな欠点です。いわゆるlaymanと呼ばれる普通の観客は、コインに仕掛けがあるなどと思ってもいませんから、最初に改めさせるとかえって藪蛇になる可能性もあります。ただ、いま、われわれが通常、マジックに使っているコインは、ほとんどが欧米の貨幣(コイン)ですから、それ自体が日本人にとって日常頻繁に目に触れるものではありませんので、「アメリカの1ドルコイン(50セント・コイン)なんですよ」と見せるくらいのことは自然な流れと言えます。
 翻って、最初にコインを点検させないのなら、ダブルシェル・コインでもかまわないのではないかと逆説的に編み出したのが上の手順です。この場合、観客から見た不思議さはまったく変わらないにも拘らず、マジシャンの心に疚しさというか、後ろめたさが芽生えるのがミソです。アメリカのコインに”In God we trust”と刻印してありますから、まあ、神様が見ているということでしょうか。ギャフ・コインは、ちょっと後ろめたい気持ちと一緒に使うのがいいのです。

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