麦谷眞里

カンボジアの寺院(2)

沿革

 Owenは、この手品を「カンボジアの寺院」という名前で、上記のような演出を付けて販売していますが、実は、この手品そのものは、「チェッカー・キャビネット」という有名な手品で、もともとは、テオ(トビアス)・バンバーグすなわちオキトのオリジナルで、1908年にニューヨークのオキトの店で売り出されました。その後、ThayerやOwenなどいくつかの奇術用具メーカーも製作販売するようになりました。最近では、Owenのほか、Nielsen Magicと、Illusion Arts Magicが製作して販売しています。オキトのオリジナルは、稀にオークションで見かけますが、1万ドル以上はしますし、ニールセンのものは、そもそも製作数が少なくてすぐに売り切れてしまいます(写真15)。
 オキトの「チェッカー・キャビネット」は、基本的な道具立ては同じですが、扉の開き方やレバーの位置が異なりますし、現象は次のようにもっとシンプルで、物語もありません。マジシャンは、まず、キャビネットの一番左の扉を開けて、中に入っているグラスを取り出します。次いで、このグラスにお米を入れていっぱいにします。お米でいっぱいにしたグラスは、とりあえずは、キャビネットの横に置いておきます。次に、一番右の扉を開けて、そこにあったハンカチーフを取り出して、キャビネットの脇に拡げます。ここで、真ん中の扉を開けると、チェッカーが重なって入っています。ニールセンの製品は、このチェッカーがかなり大きくて、かつ12枚もあります。これをキャビネットの外に取り出し、その代わりにさきほどのお米を満たしたグラスを入れて扉を閉めます。
 外に取り出したチェッカーには大きな筒を被せます。ここで、おまじないをかけて、まず、筒を持ち上げると、チェッカーはすでにそこにはなく、お米の入ったグラスが出て来ます。お米をハンカチーフの上に空け出して、確かにお米であることを示します。
 最後に、キャビネットの真ん中の扉を開けると、チェッカーが戻って来ています。それを外に取り出して、確かに重ねられたチェッカーであることを示します。
 この現象からもわかるとおり、「チェッカー・キャビネット」は、単純に、重ねられたチェッカーとほかの物体(この場合は、お米の入ったグラス)との交換(トランスポジション)現象なのです。それにしても、このトランスポジションに対して大きなキャビネットは異様です。実際、ニールセンの製品も、使うのはキャビネットの中央の部屋だけで、左右の部屋は、最初にグラスとハンカチーフとを取り出しただけで、以後は扉を開けたまま、まったく使いません。現代の感覚からすると、じゃあ、もっと小さなキャビネットでいいんじゃないかと思われますが、これは、手品が先にあったのではなくて、キャビネットが先にあったのです。1900年代、すでに、英国の普通の家にあったティー・キャビネットを模して作製されたのです。したがって、「仕掛けのない」日常用品としてのティー・キャビネットをたまたま使っているという演出なのです。

<写真15>

構造と仕掛け

  1. チェッカー・キャビネットの三つの扉は、いずれも二層構造になっていて、一番外側の扉を開けただけでは、中は黒いヴェルヴェットに覆われたもうひとつの扉に阻まれて空のように見えます(写真16)。もちろん、これには、キャビネットの内側の板も黒いヴェルヴェットに覆われていることによるものです。したがって、この二層構造の扉を二つ同時に開けると、本当のキャビネットの中が見えることになります。
  2. <写真16>

  3. キャビネットの中には、左右に動く2連結の部屋が設置してあります。この2つの部屋をマジシャンから見て左側から仮にA、B、とすると、2連を左に寄せると、Aが一番左側で、Bが中央になります(写真17)。また、2連を右側に寄せると、Aが中央、Bが一番右側になります(写真18)。
  4. <写真17>

    <写真18>

  5. 2連結の部屋(コンパートメント)をひそかに操作して動かすときは、天井の外側に付いているレバーを左右に動かして行ないます(写真19)。製品によっては、これが、裏側に付いているものもあります。
  6. <写真19>

  7. もうひとつの仕掛けはチェッカーにあります。9枚重ねのチェッカーは2組あり、そのうち、ひとつは、本当に9枚のチェッカーを重ねたものですが、もうひとつは、上部の2枚だけが本物のチェッカーで、残りの7枚のチェッカーは、いわばフェイクで、重ねたように見えますが、筒状になっているものです(写真20)。
  8. <写真20>

  9. この筒状のチェッカーは、中が空洞になっていて(写真21)、いまの「カンボジアの寺院」の場合は、王様の幽霊を入れておくことができますし、ニールセン・マジックの製品では、お米をいっぱいに入れたグラスを入れておくことができます。また、演出によっては、液体を入れたグラスを使う場合もありますので、それも同じことです。ニールセン・マジックのチェッカーは、かなり大きく、また9枚ではなく12枚ですので、その分、演出の幅が拡がって、大きなものを入れておくことが可能です。実際の演技では、重なったチェッカーをそのままの状態で出し入れしやすいように、まず、一番下に黒い板を敷いて、その上に「王様の幽霊」もしくは「お米入りのグラス」を置いて、それに、筒状のチェッカー・フェイクを被せ、さらにその上に、バラバラのチェッカー2枚を載せることになります。
  10. <写真21>

  11. パゴダ(仏塔)は、底のない筒のようなものですが、下の方に、親指を入れる穴が開いています(写真22)。このパゴダを、フェイクのチェッカーに一旦被せ、次に上方に上げるときに、パゴダの外から親指で中のチェッカー・フェイクの筒を押さえてパゴダとチェッカー・フェイクの筒を同時に持ち上げるのです。そうすれば、チェッカー・フェイクの中に入れておいた「王様の幽霊」や「お米の入ったグラス」が現れる、というわけです。これで、重なった9枚のチェッカーが、「王様の幽霊」に変化したように見えます。最近の新しい製品では、このような親指で外から押さえるような方式ではなく、パゴダを被せたら、チェッカー・フェイクをロックできるような機構になっていて、その場合は、パゴダの屋根の上を持って、そのまま持ち上げることができます。
  12. <写真22>

  13. 以上の、仕掛けのあるそれぞれの用具に加えて、そのものには特に仕掛けのない、「王様の幽霊」2体と、普通に重ねることのできる本物のチェッカー9枚が必要です。そこで、演技に必要な用具のすべてを示すと、写真23の通りです。キャビネットそのものも、移動するコンパートメントが見えるように、裏側から、裏側の板を外して写してありますが、実際の演技では、裏側には、ヴェルヴェットを貼った板を装着します。
  14. <写真23>

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