麦谷眞里

ネスト・ボックスの考察

はじめに

 「ネスト・ボックス」というのは、大きさの異なる4個から7個程度の箱が次々と中から出て来て、最後の小さな箱から、あらかじめ借りた観客の指輪や時計などが出てくる現象の手品です。箱はいろいろあります<写真1>。仕掛けも一様ではありません。起源の古い手品で、最初に記述されたのは1740年ですから、280年も前です。書いたのは、Edme-Gilles Guyotというフランス人のマジシャンです。私は手品の歴史の研究家ではないので、この種の手品の沿革や歴史を徹底的に調べる根気がなく、それ以前の歴史はよくわかりません。

<写真1>

 観客から借りた指輪や時計が何重にもなった箱の一番奥から出てくる現象を実現するには、まず、それらの消失から行なわねばなりませんが、これには、当然のことながら夥しい数のバリエーションがあります。ここでは、いくつかを紹介するだけに留めます。むしろ、消えたと見せて隠し持った指輪や時計を一番奥の小さな箱に、いかにして収めるかに力点をおきます。
 まず、パームした指輪や時計をひそかに一番奥の小さな箱に入れるには、大きく分けて、3つの方法がありますので、それらを解説します。

1.箱そのものには仕掛けのないもの

  1. この表現は、正確ではありません。確かに、箱の身や蓋に穴が開いているなどの仕掛けはありませんが、蓋を開けたまま重ねると、寸分なく重なり、すべての蓋が一度の動作で閉まるように作られているものです。最近の商品としては、箱に細工する必要がない分、製作しやすいのか、この方式のものが多くなっています<写真2>
  2. <写真2>

  3. 写真2に示した左側の4重の箱は、一番外側の箱がかなり大きくて、縦18センチ×横28.5センチ×高さ12センチもあります。これを次々と開けていくと、最後の4つ目の箱に至りますが、その箱でさえ、縦9センチ×横16センチ×高さ6センチという大きさです。もちろんこれには理由があって、このネスト・ボックスは、”Watch the Box”と呼ばれる商品で、たとえば5人の観客から借りた5個の腕時計が、4重の最後の箱の中にある黒い袋から出てくるという演出だからです。なにしろ腕時計5個ですから、このくらいの大きさの箱が必要になります。
  4. 写真右側の7重の箱は、縦横はほぼ正方形になっていて、一番外側のものが15センチ四方で高さが11センチ、7重の最後の一番小さな箱が、4センチ四方で高さは3センチです。したがって、この箱では腕時計を扱うのは無理で、客が印を付けたコインか、指輪が適当です。
  5. いずれの箱も、外側の蓋を閉めれば一気にすべての蓋が閉まります。しかし、それだけでは、観客に箱の重なり具合に気づかれるおそれがあるので、通常はそれぞれの箱にゴムバンドや輪ゴムをかけて、箱を開けるたびごとにゴムバンドを外すという動作を加えています。ゴムバンドや輪ゴムは、日常生活の中では、ものを外からしっかり固定する用具としてイメージが定着していますから、それぞれの箱にゴムバンドがかけられているというのは、各々の箱の蓋が完全に閉じられていたという印象を与えるのに十分です。
  6. ゴムバンドや輪ゴムで閉じられた4重、7重の箱の奥にものを入れ込むには、漏斗のような筒を使います。ギミックというほどの大げさなものではなくて、ちょっとテーパー加工された、「ただの筒」です。多くは金属製で、比較的高い価格帯の商品には必ず附属されてきますが、インド製などの安価なものでは添付されて来ないことも多く、その場合は、自分で作るか、何かの筒で代用するしかありません。<写真3>に、前述の4重の箱の大きな漏斗と7重の箱の小振りな筒を示します<写真3>。いずれも金属製です。
  7. <写真3>

  8. この金属製の漏斗の先端を最後の筒に入れて蓋をし、ゴムバンドをかけて、そのまま次の大きさの箱に入れます。再びその上からゴムバンドをかけて、さらのその次の大きさの箱に入れますが、金属製の漏斗の反対側の口は常に外側に出ていて、最終的に一番大きな箱に入れ終わったあとも、筒の入口は外に飛び出していることになります<写真4>。これが秘密です。
  9. <写真4>

  10. パームしたコインなり指輪なりを、この筒の入口から中へ投げ入れれば、コインも指輪も、漏斗の中を通って一番内側の最も小さな箱の中に到達します。到達したら、金属製の筒は引き抜いてしまいます。すると、ゴムバンドの力で、すべての箱の蓋が同時にしっかり閉まるというわけです。あとは、この箱をテーブルの上に出して、マジシャンがひとつずつ開けてもよいし、観客に渡して観客の手で開けてもらってもかまいません。
  11. この方式の最大の欠点は、準備した箱の中に時計や指輪を入れるため、漏斗をセットした箱を始めからテーブルの上や観客の目の触れる場所に出しておけないことで、仮に、観客から借りた時計や指輪をフェイクとすり替えて別の場所に置いておき、ネスト・ボックスのほうは、観客の時計や指輪を投げ込んでから、先に箱を出しておくような演出をとったとしても、テーブルの陰や下から箱を出してくる演出が必要です。演技では、そのタイミングも重要で、観客の印象としては、箱がずっと出してあったと思わせることができるように工夫しなければなりません。

2.箱の一部(多くは背面)に窓が開いているもの

  1. これにも2種類あって、背面の窓に蝶番で開閉する蓋が付いているものとそうでないものとがあります。その昔(1965年ごろ)、日本奇術連盟で売っていた「三重箱の秘密」(4000円)という野暮なタイトルの商品は、三重の箱が風呂敷で包んであって、最後の箱の中から観客の腕時計が出てくるという演出で、背面に窓が開けてあるだけでなく、窓に蝶番で開閉する秘密の蓋が上手に付けてありました。しかも、風呂敷も一番大きな箱の背面に秘密の蓋と一緒に固定されていて、ひそかに時計を入れてから背面の窓の蓋を閉め、最初に風呂敷包みを取り出したときには、周囲を完全に観客に見せることができるという、なかなかよくできた日本的な製品でした。私は、これも持っていたのですが、引越しで散逸してなくなってしまいましたので、年配の読者の方の記憶を呼び覚ますためと、記録のために、当時の、「奇術界報」281号(1965年)に掲載された広告だけを掲げておきます<写真5>
  2. <写真5>

  3. もうひとつは、背面に窓が開けてあるけれども、蝶番で固定した蓋などは付いていないで、窓がそのまま開いているものです。このままでは、最初に一番大きな箱を取り出して観客に示すときに、周囲を完全に見せることができないので、通常は、一番大きな箱だけは、窓が開いていません。<写真6>は、Jay Leslieの「魔法の家」が製作販売している5重の箱の背面で、ご覧の通り一番下の最も大きな赤い箱の背面には窓が開いていません。この種の箱の最大の利点は、箱の蓋を開けてセットしてあるわけではありませんから、たとえば、それぞれの箱に鍵をつけておくことも可能なことです。ただし、実際にすべての箱に錠や鍵を付けると、その大きさの分、箱の空間に余裕を持たせて作らねばならないのと、演技のときに、ひとつずつ鍵を開けていくのは冗長な作業ですから、不思議さを増すというよりも、かえってスピード感を損ねるので、必ずしもお薦めできるやり方ではありません。<写真6>のものは、それぞれの箱の蓋に簡易なフックが付けてあって、それを取り外して開けるようになっています。
  4. <写真6>

  5. Jay Leslieは、もともと家具屋なので、このような綺麗な木工製品を作るのが得意なのです。この商品は650ドル(約9万1000円)もして、広告には、一応、限定品と書いてあります。しかし、よほど売れてないとみえて、私の購入したものは、ナンバー4でした。いまでも売っているのかどうかわかりません。また、金沢敏行氏が、「ザ・マジック」の59号(2004年)で取り上げられた、David Charvetの4重のネスト・ボックス(525ドル:約7万3000円)は、私もカラフルなバージョンを所有していますが、最近はあまり広告を見ません。手品用具は零細企業なので、突然、販売されなくなることはよくあります。この奇術用具店は、製品の数は多くありませんが、ラス・ベガスの舞台でLance Burtonが演じていたJim Steinmeyerの”Hospitality”も製造販売しているので、なかなか貴重な存在です。
  6. Jay Leslieの5重の箱は、一番外側の赤い箱以外の4つを中に入れて重ねると、ちょうど背面の窓が重なって、ここから指輪や時計を入れることができます<写真7>
  7. <写真7>

  8. 使い方を簡単に言うと、まず、5重の箱は、すべて中に入れて組んでから、あらかじめテーブルの上に出しておくか、あるいは、椅子の上などの観客から見えるところに置いておきます。観客から借りた時計は、たとえばパン時計の仕掛けの箱などに入れてからひそかに外へ出します。このとき、テーブルの上にスカーフなどを置いておいて、この陰に時計を落とします。5重の赤い箱を取り上げて観客に周囲を改めさせてから、これをテーブルの上に置きますが、時計の前に置いて、同時にテーブルのスカーフを取り去ります。時計は赤い箱の後ろに隠れていて観客からは見えません。これで準備が整いましたので、まず、観客の時計が仕掛けの箱から消えていることを示します。次いで、赤い箱を開けて水色の箱を出し、赤い箱の上に載せます。この水色の箱の蓋を開ける動作で、赤い箱の後ろから時計を拾い上げて水色の箱の背面の窓から中に入れます。あとは、順次箱を開けて行って、最後の黄色の箱から観客の時計を出します。
  9. 最後の黄色の箱はかなり小さいので、たとえば、背面の窓の部分を掌で覆って、そのまま中の時計が見えるように観客に示して、時計を取り出させることにすれば、観客は時計に目を奪われて、背面に開けられた窓には気づきません<写真8>。これは、なかなか有用な方法です。
  10. <写真8>

3.アシスタントを使うもの

  1. 最近の商品では、この手のアシスタントが必要なものは、ほとんど見かけなくなりましたが、第二次世界大戦前の欧米では、これが主流でした。たとえば、Thayerのカタログに載っていた7重のボックス<写真9>は、小さい方から数えて3番目の箱の底がありません。そのほかは、まったく仕掛けのない箱で、しかも、すべての箱に鍵をかけることも可能です。当時の価格では、45ドルでした。底のない箱を使う最近の例では、Fantasmaの”Nesto Boxes”という商品がありますが、それはアシスタントを使いませんので、ここではなくて後で述べます。
  2. 箱は、最後の2つだけを除いて、一番大きな箱に5つ入れ、蓋をして鍵をかけておきます。それを、演技の最初から、観客の見えるところに置いておきます。解説には、綺麗なスタンドに吊り下げておく、と書いてあります。中に入れてない2つの箱は、鍵を開けて、観客から見えない舞台の袖にでも置いておきます。
  3. 観客から借りた数個の指輪は、適当にすり替えて、ひそかにアシスタントに手渡します。すり替えた指輪は消してしまうか、あるいはコメディ・タッチで粉々にしてしまいます。この間に、アシスタントは、舞台の袖で、観客の指輪を一番小さな箱に入れ、鍵をかけて、さらにもうひと回り大きな箱に入れて鍵をかけてから、移動式ワゴンのセルバンテに入れて、舞台上のマジシャンのところに持って来ます。ワゴンの上は見かけ上は何も置いてありません。
  4. マジシャンは、舞台上に吊り下げられていた箱を外して、このワゴンの上に置きます。鍵を開けて、一番大きな箱から次の箱を取り出します。この箱をワゴンの上に置くのに、一番大きな箱が邪魔になりますから、アシスタントが一番大きな箱を脇へ除けます。次の箱も開けます。マジシャンが3番目の箱を取り出したら、アシスタントは、さきほどと同じように2番目の大きさの箱を脇へ除けて、一番大きな箱の上に載せます。
  5. マジシャンは3番目の箱を開け、中から4番目の箱を取り出します。アシスタントは、3番目の箱を取り上げて、脇に重なっている1番目、2番目の箱の上に重ねます。
  6. マジシャンは、4番目の箱を開けて、5番目の箱を取り出します。この5番目の箱が底のない箱です。アシスタントは、この4番目の箱を取り上げるときに、同時にセルバンテから2重になった小さな箱を取り出して、4番目の箱の後ろに置きます。マジシャンは、取り出した底のない5番目の箱を、このセルバンテから上げた小さな2重箱の上にかぶせて、同時にアシスタントは、その前に置いてある4番目の箱を取り上げて、すでに脇に重ねてある3つの箱の上に置くのです。マジシャンとアシスタントの呼吸のタイミングが重要です。また、すでに同じ行為を繰り返して5回目になっていますから、観客の注意力が弛緩して散漫になっているのもポイントです。
  7. 次は、5番目の箱、6番目の箱、最後の7番目の箱と、それまでと同じように開けていって、最後の箱の中から観客の指輪を出すのです<写真9>。Thayerの演出では、小さな花束の下にリボンで指輪を結びつけるようになっているため、<写真9>の絵ではそのように見えます。
  8. <写真9>

  9. この方式のネスト・ボックスは、アシスタントの協力がなければ演じることができないため、近年では廃れてしまいました。ただ、道具建てとしては、各箱にすべて鍵をかけることができるし、仕掛けのある箱はたったひとつで、しかも底がないだけの単純な構造ですから、かなり豪華な箱に設えることが可能です。たとえば、手品用に作られたものでない紫檀の5重の箱などが製作されていますから、そういうものを利用して、見た目にも美しいネスト・ボックスを組み立てることも一興です<写真10>
  10. <写真10>

  11. Thayerを継承したOwenは、現在も4重の美しいネスト・ボックスを売っていますが、アシスタントが必要な方式のものではなく、また、オーエンですから、1500ドル(約21万円)もします。

4.観客から借りた複数の指輪を消すこと

 客席の中から複数の指輪を借りた場合は、観客は、自分の指輪については同定できますが、他の観客から借りた他の指輪については、まったく無知といっても過言ではありません。したがって、仮に3人の観客から3個の指輪を借りて、それがすべてマジシャンの用意したフェイクの指輪にすりかえられたとしても、ほとんどの観客は気づかないものです。そのことを利用します。

[必要なもの]

  1. マジック・ウォンド1本。木製などの長い本格的なものを用意します<写真11>
  2. 観客から借りた指輪とすり替えるためのフェイクの指輪3個。ここでは3人の観客から3個の指輪を借りると仮定していますから、用意するフェイクも3個ですが、4個借りる場合は、もちろんフェイクも4個にします。また、自分が用意したフェイクの指輪については形状などがわかっているわけですから、観客から借りる場合も、できるだけ似通ったものにします<写真11>
  3. <写真11>

  4. 紙袋とハンマーと皿をひとつずつ。紙袋の中には、あらかじめラメの粉などを入れておきます。ハンマーと皿は、ごくふつうのものでけっこうです。皿の代わりにトレイでもかまいません。

[やり方]

  1. 観客から3個の指輪を借りると仮定します。前述のごとく、できるだけ用意したフェイクの指輪と遠目には同じように見えるものにします。フェイクの指輪は、3個ともウォンドの右端に入れて、これを右手で隠し持ちます。ただし、あまり固く握ってはいけません。フェイクの指輪が動かない程度にしておきます<写真12>
  2. <写真12>

  3. 左手で、観客から指輪を借りて、これをひとつずつウォンドの左端から入れていきます。ウォンドは水平に持って、3個借りたら、それぞれの指輪が、離れて一定の間隔でウォンドに通っていることを観客に見せます<写真13>。左右の手は、ウォンドの両端で軽く握っておきます。
  4. <写真13>

  5. この状態でウォンドをやや左へ傾けると、観客から借りた3個の指輪が左端へ滑ります。同時に、右手をフェイクの指輪とともに左側へ移動させて、あたかも観客から借りた3個の指輪をひとまとめにするような動作を行ないます。実際は、観客の3個の指輪は、滑らせたまま左手の中に隠し持って、右手に隠し持っていた3個のフェイクの指輪を左手からやや離れた右側のウォンドの部分に位置させます<写真14>。つまり、本物の指輪とフェイクの指輪とをスイッチさせるのです。観客からは、単に離れていた指輪を一箇所に集めただけのように見えます。
  6. <写真14>

  7. 右手をウォンドから放して紙袋を取り上げます。紙袋の口の上方から、左手のウォンドを傾けて、ゆっくりと指輪を紙袋の中に入れていきます<写真15>。それぞれの指輪の落ちるところが見えたほうが効果的です。
  8. <写真15>

  9. 左手のウォンドをしまいます。このとき、左手に観客の3個の指輪が残りますから、ネスト・ボックスの機構に応じて、準備をします。たとえば、外から一気に入れ込むネスト・ボックスの場合は、この段階で、漏斗の中に入れて最後の箱まで落とし込み、漏斗は抜いてしまいます。ネスト・ボックスをいつテーブル上に出すのかは、後の演技のところで述べます。
  10. 以上が終れば両手は空です。紙袋の口を閉じて、テーブルの上、もしくはステージの床の上に置きます。紙袋の上からハンマーで叩いてみせます。これは、本当にフェイクの指輪を叩く必要はありません。適当に、音が出るくらいの叩き方で十分です。叩いたら、皿もしくはトレイの上に、紙袋の内容を開けます。ラメ粉が落ちて、あたかも指輪が粉々になったように見えます。軽く皿の上を観客に見せたら、再び、紙袋の中に開け戻して、そのまま紙袋は口を閉じてどこかに捨ててしまいます。フェイクですが指輪が入っていますので、もちろん、本当に捨ててはいけません。観客には、「人間はあきらめが肝心です」とでも言っておきます。

以上が、観客から借りた3個の指輪のスイッチと消滅で、前述のThayerの商品などには、このような方法をひとつの「やり方」として書いてあります。

5.観客から借りた腕時計の場合

[必要なもの]

  1. パン時計で使うような時計消失用の小箱が奇術用具のディーラーで売られています。今回取り上げるのは、日本の奇術用具店でも売っている、「新ウォッチ・ボックス」です(5040円)。たぶんインド製だと思いますが、原産地は書いてありません。大きさは、縦7センチ×横9.5センチ×高さ7センチの小振りなもので、鍵もかかります。なかなかよくできていて、箱の左側面が内側から開くようになっています<写真16>。「内側から」というのがミソで、この秘密の側面を閉じてしまうと、この部分を外から開けることは不可能です。ただし、紳士用の大きな腕時計にはちょっと小さくて、たとえば、ブライトリングやローレックスなどの肉厚の時計は、箱に入ることは入りますが、側面の秘密の空間から出すことができないのです。したがって、観客から時計を借り受けるときは、大きさに注意しなくてはなりません。
  2. <写真16>

  3. リボン。これは、腕時計のバンドが広がらないようにするために必須です。特に、今回のような小さな箱では、上手に処理しないと、秘密の空間からスムーズに時計が出なくて苦労します。写真では金色の小さいものにしてあります。

[やり方]

  1. これから解説する「やり方」は、この「新ウォッチ・ボックス」を購入したときに付いてくる説明とはまったく異なりますので、どちらでもご自分のやりやすい方法で演じてください。
  2. 箱は、側面の秘密部分も含めて完全に閉じて、添付されてくる小さな錠をかけておきます。鍵もそのまま錠に付けておいてかまいません。
  3. 客から腕時計を借りたら、バンドの根元部分(時計に近いほうの部分)をリボンでしっかり縛ります。これは、できるだけ腕時計全体をフラットにするためです。
  4. 錠と鍵とが付いた箱を観客のひとりに手渡して、鍵を開けてくれるように言います。開けた錠と鍵は、そのまま持っていてくれるように言いながら、箱だけを受け取ります。この場合、ことさら、箱を調べてください、などという必要はありません。仕掛けのある箱をマジシャンが観客の手に不用意に渡すはずがないと思わせるところがミソです。
  5. 秘密の側面の内側を右手の指先で持って箱の中を観客に示します<写真17>。「もちろん、中は、この通り空です」と言います。
  6. <写真17>

  7. 次いで、箱を左手に渡して、右手で時計を取り上げにいきますが、このとき、箱を左手で摑んだ瞬間に右手の指先に力を入れて、左側面の秘密の扉を内側から押し開きます<写真18>
  8. <写真18>

  9. この動きは、箱をこの状態で身体の正面に持っていれば、観客からはまったく見えません。右手で腕時計のバンドの金具の部分を持って取り上げて、箱の内面をやや観客のほうに向けながらゆっくりと腕時計を箱の中に入れます。実際は、箱の手前側の扉が開いていますから、そこに時計の本体を入れて手前に出しながら入れます<写真19>。このとき、もし手前の秘密の扉が十分に開いていなかったら、左手の小指を使って、時計の本体部分が完全に手前に出るように扉を押し上げます。
  10. <写真19>

  11. この状態で、箱の蓋を閉め、蓋の掛け金をかけます。錠と鍵を持っている観客のほうを向いて、「鍵は持っていますね?」と言いながら、右手を箱の右上からかけて、持ち上げます。このまま箱を前に出せば、時計は自然に左手に残ります。一方、右手は親指を手前の秘密の扉に当てて、箱を持ち上げながら扉を閉じます<写真20>
  12. <写真20>

  13. 右手の箱を観客に差し出そうとして、「あ、鍵はそのままで錠だけをください」と言いながら、再び箱を左手に戻します。もちろん腕時計の上です。そして、観客から錠だけを受け取ります。時計の大部分は箱に隠れて見えません。
  14. 錠を箱にかけます。ここで、錠が観客からよく見えるように箱を反時計回りに90度回転させてテーブルの上に置きます。同時に時計を箱の陰に置くか、あるいは、使用するネスト・ボックスの構造にしたがって、挿入する準備をします。
  15. もし、一旦、テーブルの上に時計を置いておくのなら、あらかじめスカーフなどをテーブルの上に置いておいて、その背後に置くように工夫します。

6.演技の実際

[現象]

観客から借りた3個の指輪が鍵のかかった箱の中から消えて、輪ゴムを十文字にかけて密閉された7重の箱の、一番奥の小さな箱から出てきます。

[必要なもの]

 この解説を読んで、初めてこの手品を練習しようと思った場合、日本国内で容易に入手できる用具を使うことになります。そうなると、腕時計を使うことはちょっと無理です。消すほうはなんとかなりますが、出現させるほうの大きな箱と漏斗が国内では入手できません。

  1. 7重のネスト・ボックス。これも日本の奇術用具店で入手できます<写真21左>。たぶんアジアからの輸入品だと思います。15000円くらいでした。
  2. 指輪を消す箱。これは、前述の「新ウォッチ・ボックス」です<写真21右>。さきほども書きましたが5040円です。これ以外にも同種の箱がいくつかありますので、自分のやりやすいものを使ってください。
  3. <写真21>

[準備]

  1. 7重の箱をどこに準備しておくかは、実は大きな課題です。ステージなどで演技をされる方で、あらかじめテーブルなどをセットできるひとは、テーブルの下や、何かの背後にでも準備しておくことが可能です。しかし、たとえば、私の場合は、ほとんど、サロンかクロース・アップでしかこの手品を行なわないし、その場合でも、セットや準備の時間などは、まったくなく、出番にそのまま登場して、ただちに演技に入るのが常です。したがって、ステージのテーブルの下に隠しておいたりはできません。そこで、通常は、大き目のアタッシェ・ケースに入れておくか、やや深い鞄に、はじめから漏斗の口を上にして入れておいて、そのアタッシェ・ケースや鞄などをそのまま提げて登場しています。
  2. 7重の箱のセットの仕方は、もうおわかりだと思いますが、念のため、簡単に書いておきます。一番小さな箱に漏斗をセットして、上から十文字に輪ゴムで留めます。箱が小さいので輪ゴムを二重にしてもかまいません<写真22>。この状態で一番小さな箱に輪ゴムをかけると、漏斗の幅が大きいので、縦にかけた輪ゴムがきちんと十文字にならずに少しズレた感じになるため不安かもしれませんが、実際に行なってみると、漏斗を引き抜いたときにゴムの力で戻りがあって、そんなに不自然にズレて出てくることはありません。それでも不安なら、6番目の箱を開けるときに、親指などでちょっと戻してやることもできます。
  3. <写真22>

  4. 一番小さな箱に漏斗をセットしたら、その次の大きさの箱へと次々と、同じように輪ゴムを十文字にかけながらセットして行きます。最後の一番大きな箱をセットしたら、漏斗もギリギリになっているはずです<写真23>。輪ゴムは、写真では細いものを二重にかけてありますが、フェトチーネのような平たく太い輪ゴムをかけておいてもかまいません。また、このまま横方向に漏斗の中に指輪やコインを投入したのでは、漏斗の傾きが十分ではないため、最後の小箱まで到達しないことがありますので、アタッシェ・ケースで運んだ場合でも、ケースの蓋を開けたら、必ず7重の箱は漏斗の口がやや上を向くように立てて準備するのがコツです。ただし、垂直に立ててしまうと、単なる筒になってしまって、途中でコインや指輪がひっかかったりするアクシデントが起きますから、立てる角度は、練習してみて体得します。
  5. <写真23>

  6. 「新ウォッチ・ボックス」は、錠と鍵を付けたまま、鞄の中に入れておきます。

[やり方]

  1. 3人の観客から3個の指輪を借ります。この7重のボックスの最後の箱は意外に小さいので、指輪を3個入れるといっぱいになりますから、ふつうの結婚指輪のようなフラットなもの以外はダメです。石の付いているものや大振りなものがダメなのはもちろんです。
  2. 3個の指輪は、観客のひとりに持っていてもらって、「新ウォッチ・ボックス」を取り出します。錠がかかったままの箱を別の観客に渡して、鍵で錠を開けてもらいます。箱だけを受け取り、前述のような手順で3個の指輪を箱の中に入れ錠をかけて椅子の上か、テーブルがあればテーブルの上に置きます。3個の指輪は、自動的に左手に残ります。
  3. 「もうひとつ、別の大きな箱を用意します」と言って、アタッシェ・ケースの中や鞄の中から両手で7重の箱を出してきます。もちろん、このとき、指輪を漏斗から入れて、漏斗を抜いてきます。この7重の箱は、テーブルのやや離れたところに置くか、あるいは、別の椅子の上に置きます。
  4. 「新ウォッチ・ボックス」の鍵を持っている客に前に出てきてもらい、「新ウォッチ・ボックス」を開けてもらいます。観客に開けさせることが重要です。中には何もありません。
  5. 同じ客に、7重の箱のところに来てもらい、箱を開けてもらいます。今度も、客に開けさせることが重要です。外したゴムバンドや開けた箱は、マジシャンが受け取るようにします。箱は、床の上に積み上げていくといいでしょう。
  6. 最後の箱はゆっくりと開けてもらい、中から指輪が出てきたら、マジシャンが手伝って、持ち主に返します。お礼を言うのを忘れないでください。

7.底のないネスト・ボックス

 Fantasmaというニューヨークの奇術用具店が、手品シリーズの中で、アジア・ラインという一連の商品を出していて、このネスト・ボックスは、その中のひとつです。中国的な綺麗なデザインで、価格は275ドル(3万8500円)です<写真24>
 4重の箱の最後から2場目の黒い箱に底がなく、原理的には前述のThayerの製品と同じです。一番大きな赤い箱と一番小さな最後の箱とにだけ錠がかかるようになっていて、そのための鍵を観客に手渡すやりとりの中で、借りた指輪を最後の箱に入れます。最後の箱は、鍵がかかっていても側面から指輪をロードできるように作ってありますから、そのおかげで、Thayerの製品とは異なり、アシスタントが不要となっています。指輪を消すためのラトル・ボックスも付いていますから商品としては完結していて、購入すればすぐに演じることが可能です。

<写真24>

[コメント]

 今回は、「ネスト・ボックス」の概略を述べてみました。これに関連して、客の指輪を粉々にするリング・グラインダーなども、手品市場では、いろいろなものが売られていて、それも面白いのですが、話が複雑になるので別の機会に扱います。バリエーションとしては、箱が紅茶の箱になっていて、ティー・バッグの中から客の指輪が出て来るものや、箱の中に毛糸の玉が入っていて、毛糸をほぐして行くと、中から客の指輪や紙幣が出て来るものなど、マジシャンによって工夫が見られる手品です。
                              (本文了)

ビル・イン・レモンの研究