土屋理義

マジックグッズ・コレクション
第2回

チェスの自動人形の銅版画(2)

 「黒猫」、「モルグ街の殺人」で有名な小説家のエドガー・アラン・ポーは、まだ名が売れていなかった1836年4月、バージニア州リッチモンドで「トルコ人」の公演を見て、地元誌に「メルツェルのチェス指し」という記事を書きました。ポーは従来から考えられていたように、中に隠れているチェスの名人が、扉を開けるたびに閉まっている扉の後ろに移動し、扉が完全に閉まったところで、頭と手を内側から自動人形の体に入れ、人形の顔の隙間からチェス盤を見て、チェスを指すのだろうと推測しています。しかしその謎解きは完全な間違いでした。「チェスの名人」はポーが考えたように、人形の体に入り込んで手を動かしていたのではなかったのです。

“Southern Literary  Messenger”に掲載されたポーの記事の冒頭部分
“Southern Literary Messenger”に掲載されたポーの記事の冒頭部分



“従来からいわれていた仕掛けで、ポーもこのように考えていた
従来からいわれていた仕掛けで、ポーもこのように考えていた

 実際の種は次のようなものでした。チェスの名人が、外からは厚さが薄く見えるキャビネットの下の長い引き出しに仰向けに体を入れて隠れ、内部の改めが終わって全ての扉が閉められると、体の上の薄板をずらし、キャビネットの中にある機械類を端にずらして身を起こします。真っ暗な中でランプを灯しますが、その煙は排気管からつながった人形のトルコ帽から外に出て、煙が人形の両脇に置かれたろうそくの煙と一緒になるため、見破られることはありません。内部側面にはめ込まれているチェス盤を水平に倒し、背面の板をずらして人形の手と連動する機械を、チェス盤の上に持ってきてセットします。機械にはレバーが付いていて、その端を操作すると人形の指の開閉に連動しています。キャビネット内部にある別の操作レバーは人形の頭や目にも連動していて、人形はいかにも挑戦者の指し手に対して考えうなずいたり、目をきょろきょろと動かしたりするのです。

“最初はキャビネット下部の引き出しに仰向けに隠れている
最初はキャビネット下部の引き出しに仰向けに隠れている

 キャビネット上のチェスの駒の下には磁石が埋め込まれ、またチェス盤の64(8x8)の桝目には盤の下(キャビネット内の上部)に、それぞれ短い糸にぶら下がった鉄板が付いています。駒を置くとその桝目の下の鉄板がチェス盤の裏側に貼りつき、駒を動かすと鉄板は盤から離れ糸でぶらさがるのが内部で分かるのです。
 メルツェルはその後キューバに足を伸ばし成功を収めます。しかし1838年2月の2度目のキューバ公演の時、助手のシュランバーガーの演技は不正確になり、数週間後に黄熱病で病死します。68歳になっていたメルツェルにとって、キューバでシュランバーガーと同等の力量を持つチェスの名人を探すのは不可能でした。孤独と絶望のままメルツェルは船に乗りアメリカへ向かいましたが、その船中、偉大なショーマンは亡くなります。
 チェスの自動人形はアメリカのフィラデルフィアでオークションに掛けられ、最後は同地の中国博物館に寄贈されました。しかし人形は次第に片隅に追いやられ、人々から忘れ去られていきました。1854年7月5日、博物館が火事で焼け落ち、80年以上も人々の興味をかきたてた「トルコ人」が、寿命を終えるように灰塵に帰した時、そのことを書いた新聞はありませんでした。

 (ご参考)芥川賞作家の小川洋子さんが、このチェスの自動人形にヒントを得て、「猫を抱いて象と泳ぐ」(文芸春秋刊)という不思議な雰囲気の秀作を書いています。ご一読を・・・。

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