土屋理義

マジックグッズ・コレクション
第8回

皇軍慰問の奇術用具

 支那事変から太平洋戦争(1937年~1945年)の長い戦時下の中で、戦地にいる兵隊のための「皇軍慰問品」として、「奇術材料組合せ」というセットが作られました。発売は全国奇術研究会となっていますが、実態は街の奇術師として有名であった佐藤喜久治(1905~1964)が主宰した佐藤奇術研究所製です。
 同氏は昭和11年(1936)、銀座1丁目を振り出しに街頭での奇術販売を始め、観客に四方を囲まれてもタネがわからない名人で、戦後も長く奇術の講習会を開いていました。
 箱の中には「空中煙草の出現」、「宴会、舞台用・奇術 謎之紐」、そして「小さく成るカード」の3種の奇術用具が入っていて、説明書が付いています。

外箱と3つの奇術用具
外箱と3つの奇術用具


 タバコの奇術は、戦後も「空中煙草の取寄せ」(天地奇術)、「巻タバコ出現」(日本奇術連盟)の名で売られたものと同じです。手のひらを広げて何も無いことを見せてから、次々に空中からタバコを取り出す奇術で、タネは指輪状のブリキの板です。
 「謎之紐」は、箱の中に6.5センチほどのタネの棒が入っているだけです。棒に2本の紐を結わえ、紐の両側から軍服の両袖や腕章などいろいろな品物を通し、もう一度1本づつ紐を結わえてから真ん中の棒を引き抜くと、紐は2本のままなのに、品物は紐からはずれて下に落ちるという奇術。

「謎之紐」の説明文(中央)とタネ(左)、「煙草の出現」のタネ(右)
「謎之紐」の説明文(中央)とタネ(左)、「煙草の出現」のタネ(右)

 「小さく成るカード(LITTLE CARDS)」は、1枚のカードにおまじないをかけると、半分の大きさの4枚のカードになり、さらに小さい4枚のカード、もっと小さい4枚のカードになっていくというマジックです。松旭斎天一・一座にいた天松(後の天洋)が、明治39年(1906)6月の東京座での公演で、「ミジン(微塵)カード」として演じており、昭和10年(1935)からは天洋奇術研究所(現在のテンヨー)で「小さくなるトランプ」として発売され現在まで続いています。

「小さく成るカード」
「小さく成るカード」

 「奇術 変ル國旗」(全国奇術材料商組合製)は、まず4枚のカードを扇形に広げて白紙であることを示します。4枚をいったん閉じて上の白紙を連隊旗(旭日旗(きょくじつき))に代えます。4枚を開くと残りの3枚は、三国同盟のドイツ(ナチスの(かぎ)十字)、イタリア(イタリア王家サヴォイア家の紋章入り)と満州国(五族協和(ごぞくきょうわ))の国旗に変わります。そして最後に連隊旗を日章旗(日の丸)に置き換えると、4枚のカード全てが日章旗に変わるのです。日章旗以外の三ヵ国の国旗は現在使われていないデザインです。日の丸が小さいのは、白紙に見せる余白を多くするためです。これも天地から「カメレオンカード」、天洋からは「変化カードセット」として売られました。

「変ル國旗」
「変ル國旗」

 「最新奇術 変化カード」は、表がハートのA、裏がハートの6のカードが、ひっくり返すたびに、ハートの3とハートの4に変わるというものです。もちろんハートのしるしを指で隠して演じるのです。天地では「トランプの電光変化」という商品名でした。

「変化カード」
「変化カード」

 「変ル國旗」の袋の後ろに、「戦地の兵隊さんに送って下さい」と書かれていますので、おそらくこれらの奇術用具は一般販売され、購入した人が慰問袋に入れて戦地の兵隊(肉親や知人)に送ったのでしょう。慰問袋は検閲を受けましたが、戦地(部隊)への送料は無料でした。
 俳優・加東大介の従軍経験を元にした「南の島に雪が降る」の回想小説や同名の映画にもあったように、殺伐とした娯楽の少ない戦地において、兵隊たちの慰安や士気高揚のために催された演芸会や奇術の実演は、どんなに彼らの心をなごませたことでしょう。

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