土屋理義

マジックグッズ・コレクション
第23回

戦前の天洋のマヂックセット

 太平洋戦争前の1930年代(おそらく昭和12~13年頃)、天洋奇術研究所が発売した「マヂックセット」です。7種のマジックの詰め合わせの完全未使用品で、使用説明書が全て添えられています。80年以上も前の、これだけ状態の良いマジックセットは極めて珍しいものです。

外箱

奇術製品

 天洋奇術研究所(現在の㈱テンヨーの前身)は、昭和5年(1930年)2月、松旭斎天洋(1888~1980)によって、東京市京橋区新富町三丁目に設立されました。昭和6年初めから奇術のネタ材料・道具の販売を、三越・日本橋本店の玩具売り場で開始し、札幌(昭和7年)、仙台(同8年)等の三越の地方支店の開設に伴い、全国の三越の玩具売り場で実演販売されたのです。

 カタログ①「天洋の奇術材料」(一枚物-昭和8年頃、販売百貨店・札幌三越玩具部)
「天洋奇術材料カタローグ」
「天洋の奇術材料」(クリックすると拡大します)


7種の奇術道具の内訳は次の通りです。

  • 不思議な穴(単品売価20銭)
  • 3つの穴が開いている小さな木(櫂)の、真中の穴に竹栓を挿し込んで、手をかざすと、竹栓が端の穴に移っている。その竹栓をもう一度、真中の穴に挿し込み手をかざすと、今度は反対の穴に竹栓が移る-いわゆるパドルマジック(カタログ①、②には「不思議の穴」の商品名で掲載されている。後日、より自然な表現の「不思議な穴」に改称されたものと思われる)。

    不思議な穴

  • カメレオンハンカチ(60銭)
  • 青色のハンカチを手の中に入れると、体の色を変えるのが得意なカメレオンのように、赤色のハンカチに変わって出てくる。もちろん手の中には青色のハンカチは無い。この道具の優れたところは真鍮製で、針状のフックが付いており、あらかじめ赤色のハンカチを入れて腰の後ろなどに掛けておくと、最初に両手を改めることが出来ること(赤と青のハンカチ付き)。

    カメレオンハンカチ

  • 煙草の消滅(40銭)(下記のカタログ②の中の挿絵)
  • 火のついた煙草を握った手の中に入れると・・・煙草が消えてしまう。この道具も長い筒の真鍮製で、黒いペンキが塗ってある。それに黒いゴム紐と安全ピンが付いている仕掛け。

    煙草の消滅

  • カード燐寸(マッチ)(10銭)
  • 手に持った1枚のカードに気合いをかけると、不思議にもマッチ箱に変化する。箱からマッチを取り出し、煙草に火をつけて吸って見せる(上記の「煙草の消滅」の奇術などにつなげる)・・・マッチが消耗品のためか予備も含め2箱入っている。

    カード燐寸(マッチ)

    カタログ② 昭和10年(1935年)11月発行の、品目100種を載せた「天洋奇術材料カタローグ」(55頁)

    天洋奇術材料カタローグ

  • 妙なハンカチーフ(20銭)
  • 1枚の絹のハンカチを手で結び、口で吹くとほどける。この道具は、昭和8年と思われる一枚物のカタログ①には載っているが、昭和10年11月発行の小冊子カタログ②には掲載されていない。タネが、ハンカチに安全ピン付きの黒糸が付いただけの単純な道具だったため、その後販売を取り止めたものと思われる。

    妙なハンカチーフ

  • ズボンと銅貨(50銭)
  • 1枚の銅貨を示し、ズボンのひざの上に乗せて、ズボンの生地で折り込む。客に確かにそこに銅貨があることを触って確かめてもらい、銅貨を押さえている手を広げると、銅貨は消え失せてしまう。
    この道具は発売当初は「ズボンと銀貨」の名で売られていた。しかし、このセットに組み込まれた商品名は「ズボンと銅貨」に変わり、直径22㍉の大型の銅貨が使われている。 材料として銀貨より銅貨が安かったための変更であろうか?
    しかしこの銅貨をよく調べてみると、何と「大朝鮮開国505年(1896年)」の銘が入った朝鮮の5分銅貨であった(注:朝鮮開国は1392年の李成桂による高麗王朝建国の年とされている)。日韓併合(1910年)前の、比較的価値の高い古銭を使っているのは驚きである。
    昭和12~13年当時は、日本国内で大型の桐1銭青銅貨が使われていたが、日本の現行貨幣を奇術道具として穴を開けて使うのは、法律上はばかられるとして、わざわざ朝鮮の古銭を使用したと推測される。それならば、以前の商品名「ズボンと銀貨」の「銀貨」は、実際にはどの銀貨の現物に穴を開けたのか?実物を見ていないが興味津々である。

    ズボンと銅貨

  • 打消すローソク(20銭)
  • 火の付いたローソクが消えて無くなる奇術。ローソクの上と下が本物のローソクで、その他の部分は模造紙を巻いたもの(2本入り)。

    打消すローソク

 これら7種の奇術道具で合計2円20銭となるのですが、化粧箱に入れたセット価格2円で発売されました(当時の10銭は現在の300円ぐらい)。天洋の奇術道具は、1941年12月の太平洋戦争勃発により、商品の材料が手に入らなくなり、戦時中は販売を中止しています。

 なお、7種の中5種は、戦後も名前を変えて、不思議な櫂(かい)(天地奇術)、変色ハンカチーフ(天洋)、火の点いた煙草(天洋)、カードマッチ(JMA・日本奇術連盟)、消えるお金(天地)などとして売られました。しかし煙草やマッチの奇術は、世の中の嫌煙の流れで、今では殆ど見られなくなっています。
 テンヨー・マジック製品の販売開始の原点であった三越日本橋のマジックコーナーは、2019年夏に、玩具売り場の廃止と共に閉店し、88年間の店頭販売に幕を閉じたのは残念なことでした(テンヨー製品は、高島屋、東急ハンズ、博品館系の店舗や、全国の玩具、おもちゃ店、通販のマジックショップ取扱店で販売しています)。

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