氣賀康夫

造幣局の新技術
(New Technology at Mint)

<解説>

 筆者は1964年に「硬貨鋳造(Coinage)」という作品を発表していますが、それは新しいラッピングの手法を駆使する手順でした。その後、澤浩氏が天海ピンチ(ゴーシュマンピンチとも呼ばれる)を用いる同じプロットの優れた手順を創作していますが、このたび、同じ現象で、用いる手法がこのどちらとも違い、「ラムゼーサトルティ」という技法を最大限活用する簡潔な手順を構成することに成功しましたので、ここにその方法を記述しておくことにします。

<ラムゼーサトルティ>

 ラムゼーサトルティというのはコインを一方の手にフィンガーパームし、その手の掌が自然に観客の目に入るように動作をし、実際にはコインが指の陰になるため、観客に対して間接的に手が空であるという印象を与える作戦のことです。筆者はこの手法を高く評価し、いろいろな場面で活用しています。

左の図
小さいコインの場合
右の図
1ドル銀貨の場合

左の図はコインが比較的小さい場合であり、第二指骨の位置にコインがフィンガーパームされている場合のラムゼーサトルティ―を観客から見た姿です。拇指、食指でコインを一枚持っているのが見えまずが、実はもう一枚がフィンガーパームされているのです。ただし、その位置は変則的に真ん中の指骨の位置です。この場合は、掌だけでなく、四指の根元の指骨の部分までを観客の目にさらすことができます。アメリカのコインでいうとクォーター(25¢)まではこの方法ができます。ハーフダラー(1/2ドル)がこの手法で変則フィンガーパームできるかできないかの限界です。そして1ドル銀貨になると大きくてこの変則パームができません。
右の図は1ドル銀貨をフィンガーパームしている手でラムゼーサトルティを実行した場合の姿を表します。この場合には観客の目に触れるのは掌の部分だけであり、根本の指骨の位置にはコインがあるので、そこは指先でカバーするような姿勢を取る必要があります。

<効果>

この奇術がどのように見えるかを、観客側から撮影した連続写真を紹介します。

写真1
50¢玉2枚を取り出す
写真2
2枚の裏表をよく検める

写真3
左右の手でコインを1枚ずつ…
写真4
返してよく見せる

写真5
2枚を左手に保持し、
写真6
右手に取ってよく示す

写真7
次に2枚を左手に置くとカチッと音がして
写真8
2枚の50¢玉が1ドル銀貨に変わる

写真9
1ドル銀貨を独楽のように回す
写真10
1ドル銀貨を左手に取る 

写真11
裏表をよく検める
写真12
左手に銀貨を持ち、

写真13
右手でちぎるようにすると…
写真14
銀貨が2枚の50¢玉に変わる

写真15
2枚の50¢を右手に取り、
写真16
左手に放り、それをポケットに戻す

次にこの銀貨を両手で揉んでいるとそれがだんだん柔らかくなり、最後に両手で左右に引きちぎると何と2枚のハーフダラーに還元します。

<準備>

上着の左ポケットに1ドル銀貨とハーフダラ―2枚を用意します。

<準備>

1.「最近、アメリカの造幣局が新しい技術を開発したという話ですので、それをご説明いたしましょう。」と話を始めます。

2.続けて「まず、アメリカの1ドル銀貨ですが、従来は造幣局が銀地金を仕入れて、それを型で抜いて鋳造していました。それでは新しい技術をご紹介します。」そう言って左手をポケットに入れ、そこでまず大きい1ドル銀貨をフィンガーパームし、続けて拇指と食指の先にハーフダラ―2枚を摘まみ持って、その手をポケットから出して来ます。<写真17>

写真17

3.そして、直ちに指先のハーフダラー2枚をテーブルの上に放り出します。<写真18>

写真18

4.そうしたら、両手の拇指、食指の指先でコインを一枚ずつ裏返しします。<写真19>このとき「この2枚はハーフダラーですが、表はケネディー、裏は鷲のデザインです。」などと説明するのがいいでしょう。この動作に際して、左手は1ドル銀貨をパームしているのですが、このコインを裏返しする動作には、間接的に手が空だという印象を与える効果があります。その意味で一種のミスディレクションとも言えます。

写真19

5.左右の手の指先でハーフダラーを摘まみあげて2枚を観客によく見せます。<写真20>

写真20

6.次に左手のコインを右手に手渡します。ただし、そのコインの位置は右手のコインの左側にサイズの半分くらいが突き出す姿になるようにします。<写真21>

写真21

7.ここからの動作がラムセーサトルティであり、その基本はコイン1枚を裏返す動作です。そのためには、左手の掌が観客の方を向くように手を返し、1ドル銀貨をフィンガーパームしている左手の拇指を右手の左側のコインの向こう側に当て、その食指、中指をそのコインの手前に当てて、コインをつまみ取ります。<写真22>このとき観客から空の掌が見えるはずです。

写真22

8.続けて、手を元の向きに戻し、コインの反対側が観客に見えるようにします。そして、そのコインを右手に戻しますが、その位置はもう1枚の左側です。

写真23

9.ここから右手でもう1枚の右側のコインを同じ動作で裏返しします。<写真23>そして、そのコインを一旦左手に戻します。

10.次に2枚を右手に取る動作をします。そのためには左手の2枚の手前の1枚を右手の拇指と食指にはさみ取り<写真24>、続けてもう1枚のコインを右手の食指と中指にはさんで持つようにします。言いかえると、右手食指の指先が2枚のコインに挟まった格好になります。<写真25>

写真24
写真25

11.右手でこの2枚を観客によく示し、「一ドル銀貨を作るにはこの2枚を使います。」と説明し、その2枚を左手の掌の位置に持ってきて、コインを持っている右手の拇指と中指に力を入れつつ食指を抜き去るようにするとコインがパチッと当たる音を立てます。<写真26>

写真26

12.そうしたら、左手の陰でハーフダラー2枚を重ねて右手にフィンガーパ―ムしつつ、左手の1ドル銀貨を指先に持って来ます。<写真27>

写真27

13.そして、「造幣局はこうしてハーフダラー2枚から1ドル銀貨を作ることを考えたようです。」と言い、両手の指先から1ドル銀貨がテーブルの上に音を立てて落ちるように仕向けます。このとき両手は掌を真下に向けて、軽く指を開くのがいいでしょう。このときハーフダラー2枚が右手にフィンガーパームされていますが、それは観客からは見えません。<写真28>
そして「この鋳造方法ですと、ハーフダラーが2枚つぶされ、1ドル銀貨が1枚作られるので、流通する通貨量は不変だということになります。」と説明します。

写真28

14.次に左手で1ドル銀貨を拾いあげ、それをテーブルに垂直に立てるようにして上を左食指で支えます。<写真29>そして、垂直のコインの右端を右食指で爪はじきすると、コインはテーブルの上で独楽のようにくるくる回るでしょう。<写真30>

写真29
写真30

15.コインの回転が止まったら、それを左手の指先に持ちます。<写真31>「ここまでの説明をお聞きになると、『では、そのハーフダラーはどうやって鋳造するのか?』と質問する方がおります。ごもっともな疑問です。それでは造幣局がハーフダラーをどうやって作っているかを次にご説明します。」と言います。

写真31

16.そして、まず、<写真31>の1ドル銀貨を右手で裏返しします。このとき右手はハーフダラー2枚をフィンガーパームしていますが、この動作の要領は<写真23>のときと同じで、ラムゼーサトルティの動作です。<写真32>

写真32

17.続けてコインを右手で持ち、左手で同じ動作でコインを裏返しします。<写真33>

写真33

18.次に銀貨の左右から各々の手の四指でコインの両側をおおうようにします。<写真34>観客から見るとコインの真ん中が見えているだけです。この状態で、両手前後にユラユラと動かし、「まず、こうやってコインを柔らかくします。」と言います。見ているとコインがグニャグニャになったような錯覚に陥ります。

写真34

19.<写真31>の姿で、左手の指先の1ドル銀貨を示し、右手でそれを取りに行きます。そして左手の銀貨をおおった瞬間に左手の拇指の力を緩めると銀貨がおのずと、左手のフィンガーパームの位置まで落ちることになるでしょう。<写真35>これはフェイクピックアップの技法の応用です。

写真35

そうしたらフィンガーパームしていたハーフダラーを各々の手に一枚ずつ取り、物を引きちぎるような動作で左右に手を引き離し、<写真36>コイン2枚がテーブルに落ちるように仕向けます。<写真37>このときの両手の姿勢は<写真30>に準じます。ただし、ここでは左手に1ドル銀貨がフィンガーパームされています。

写真36
写真37

20.「ハーフダラーはこのように1ドル銀貨を材料にしてそれを2つに分割することで作るのだそうです。」と説明します。観客はこの矛盾した話に大笑いするでしょう。

21.両手の指先でハーフダラーを1枚ずつ取りあげます。<写真38>そして、右手のコインを一旦左手に渡し、その2枚を観客に示してからそれを右手に放ります。右手は掌を上向きにして、その指先でコインを受取ります。<写真39>

写真38
写真39

22.右手は受け取ったコインを指先に持ちます。<写真40>そして、左手を開き気味にして、右手のコイン2枚をその左手に放り返します。左手は隠し持っている銀貨が観客に見えないように指をやや広げてコインをその掌部で受け取ります。<写真41>

写真40
写真41

23.そうしたら左手を軽く握ります。<写真42>このとき1ドル銀貨は指に絡まってフィンガ―パ―ムされていますが、2枚のハーフダラーは掌部にあります。ハーフダラーが1ドル銀貨に当たる大きな音がしないように注意が必要です。

写真42

24.左手を左ポケットに入れてコイン3枚をそこに置いてきます。そして左右の手を堂々と検めます。「このコイン鋳造の新しい方法が本当にいい方法なのかどうか私にはよくわかりません。」ととぼけた話で演技を締めくくります。

第21回                 次回へ続く≫