氣賀康夫

北欧のトランプ

 <解説> それでは、今回から筆者が考案、改良をした作品を一つずつご紹介してまいります。パズルの現物はお手元にお届けできませんが、東京マジックのご好意で、綺麗な写真が掲載されることになりますので、掲載された写真を適当にプリントアウトして、適当な大きさにコピーして台紙に貼ってパズルを作製し、個人でお楽しみになることはご自由です。ただし、大量作製して商売に使いたいという場合には筆者にご連絡願います。
今回ご紹介するのは、筆者が昭和40年代に創作した消滅パズルの作品です。分類すると面積パズルに属します。当時、第一生命がセールスマンのアプローチ資料に使おうという企画になり、全国的に大評判になりました。この種は力書房で販売をしたこともありますが、現在では、入手が困難でしょう。ただし、いまはカラーコピーという便利なものがあるので、オリジナルが一つあればわずかな手間でそれを再生することができます。なお、この種を最初に造ったときの面白い逸話がありますが、それは最後にご紹介いたします。

<用具> このパズルの用具は1枚の絵柄トランプを四片に切断したものです。
その4枚の切片の表のデザインを写真1に、裏のデザインを写真2にお示ししましょう。 このデザインの特徴は裏模様で揃えると1枚のカードが出来あがるのに、表で揃えるとおかしなことに、1枚のカードが出来あがったときに真ん中に穴が空いてしまうということです。どうしてそうなるかというと、裏と表がチグハグに印刷されていて、その模様を参考に並べると、違う並べ方に誘導されてしまうように設計されているからなのです。

写真1
写真1


写真2
写真2

<演出> このパズルの見せ方をご説明しましょう。以下のように演出すると奇術になります。
1. まず、このパズルの切片4枚を無造作にテーブルの上にポンと置きます。2枚が表向き、残りの2枚が裏向きになるくらいが適当です。表向きの面を見ると、かわいい女性がデザインされたハートのクインらしいということがわかります。
2. ここで、次のように話を始めます。「昔、北欧に旅行に行ったとき、現地でこのようなとてもチャーミングなトランプを見つけて、すぐに一つ買い求めました。北欧は、たいへん物事におおらかであり、当時こういう品が自由に売られていたのですが、日本はまだまだ遅れていて、ものによっては、持ち込むことが大変だった時代です。私はこのトランプを大切に持ち帰ることにしたのですが、帰りの飛行機の中でこれを眺めているうちに、果たしてこれが無事に成田の税関検査を通るだろうかと心配になりました。というのは、友人から本やビデオを成田で没収されたという話を聞いていたからです。そこで、スチュアデスから鋏を借りて、トランプを小さく切って背広のポケットに隠して国内に持ち込むことにしたのです。ところが、成田では、私が態度不審だったせいか、背広のふくらみを指さされて、『そこに何があるのですか?』と質問されてしまいました。」
3. ここで、トランプの切片4枚を裏向きにして、観客にお願いして1枚に揃えてもらいます。すると簡単に裏模様が揃い、1枚の長方形のカードになるでしょう。(写真3)そこで話を続けます。「私は一瞬ギクリとしましたが、落ち着いてトランプをこのように揃えて『これは何もあやしいところのないただのトランプです。』と説明しました。税関の担当者は『トランプは特に問題ありません。』と言いました。」
4. ここで、急いで4枚を重ねます。「ところが、私がこうして、急いでトランプを仕舞おうとすると、担当者は『ちょっと、待ってください。表も見せてください。』と言いました。私はこれはまずい事態になったと思いましたが、こうなったら、逆らうことはできません。『どうぞご覧ください。』と、もうやけでした。」
5. ここで、4片を表に向けて、観客に手渡し、それを表向きで1枚のカードに揃えてもらいます。観客が揃えるとクインの女性の肝心な個所が菱型に欠落していることが分かります。(写真4) 「税関の担当者は、これをつらつらと眺めて『上の毛の写真はOKですが、下の毛の写真は輸入禁止です。しかし、このトランプの場合、そこがありませんから持ち込みを許可します。』と言いました。そこで、このトランプをこのように、無事に日本に持ち帰ることができたというわけなのです。ところが、それから奇妙なことが起るようになりました。このトランプは表向きですと、大切なところがこのように欠落しています。ところが裏向きに揃えると欠落している個所はなくなります。」そう言いながら、上の2枚(女性の上半身の部分)をその位置のままで裏返しし、しかる後に、下の2片を裏返しして整えると、確かに裏が完全に揃います。(第3図)
6. ここで、最後の台詞です。「もしも、表の大切なところが見たいという方があれば、このカードをガラスのテーブルの上で並べて、それを下から覗けば簡単に見られます。ご覧になりたい方はおられますか?」これを聞いて、観ている人はみな笑い出すでしょう。

写真3
写真3

写真4
写真4

<後記> このカードはプロの印刷屋が印刷し裁断して完成したものですが、実は製作にたいへんな手間がかかっています。
まず、オリジナルの写真ですが、当時、毛の見える写真には警察が眼を光らせていました。ですからオリオンプレスというこの種の写真を貸し出す業者を訪ね、適当な写真を探す作業を筆者が第一生命の仕事としてやることになったのですが、この写真に出っくわすまでに半日を要してしまいました。なぜなら、ほとんどの写真は大切な個所を手やタオルや帽子などで微妙に隠しているポーズのものなので、このパズルには使いものにならないからなのです。最後に、このような美人のあっけらかんとしたポーズの写真を見つけて、それを借りることができほっとしました。長い会社生活で、このような仕事をしたことはたった一度だけです。その後、この話を聞いて、『それは俺がやりたかったなあ』と羨ましがった同僚がおりました。
ところで、この業者はフィルムを貸し出すだけで、フィルムを呉れるわけではありません。そこで、借りたフィルムを印刷業者に手渡し、それを原版にして製作の打ち合わせをしました。さて、出来あがってその完成度に満足しましたが、大切なところがこのパズルでは欠落しているのでした。それがこのパズルの特色だからです。後日、会社の先輩から、「お前はドジだなあ、大切なところも焼付ればよかったではないか。」と言われました。それはそうでした。気づくのが遅かったです。フィルムをミリオンプレスに返却してしまっていたからです。
なお、この印刷と裁断は、実はとても神経がいる仕事です。というのは単に表裏印刷し裁断したのではダメだからです。というのは表と裏が全くチグハグなデザインですから、ミクロン単位の誤差なく裁断が出来ない限り、裁断した縁に反対側のデザインが少し出てしまうということになるからです。そこで、この製品を精密に完成するためには、4枚の切片は、各々裏表についてやや大きめに版を作って、個別に印刷し、その内側でできるだけ正確に裁断するというたいへんな手間をかけたのでした。その後これと類似したパズルを作って提供している事例を見たことがありますが、このような配慮に欠けているのか、切れ目部分に欠陥があるものばかりです。この北欧のトランプはそのように人知れず苦労をして製作されたものだったので完成度が高いわけなのです。

第1回                           第3回