松山光伸

マジック本の著作権

日本には古文献から現代に至るまでさまざまなマジック関連本があります。それらからマジックを学んできた方の中には、そこに解説されているトリックを参考にして改案を作ったり、ブログで紹介したりする人は少なからずいるのではないでしょうか。また、著作権フリーになったものであれば複製して頒布や販売を考えるようなことを考える方が出てきてもおかしくありません。そういった場面で気になる著作権について基本的なことをいくつか整理してみようと思います。

1.自由に使えるマジック関連の著作

 著作物(法令文や新聞記事など著作物とされないものは除きます)の権利は著作者の死後70年迄が保護期間とされます。平成30年(2018年)12月30日以降それまで50年と規定されていたものが改正され延長になったので保護期間が70年になってからはまだそれほど日が経っていません。

 さて今年は2021年ですから没後70年で権利が切れるので、1950年(昭和25年)以前に亡くなった著者のものはパブリックドメイン(著作権切れで公共財産となったもの)として自由に使えるようになっています。ただ、だからといってそれ以降に亡くなった方の著作がすべて使えないということでもありません。

 たとえば、柴田直光氏の名著『奇術種あかし』がその一例です。氏は1963年に亡くなりましたから没後70年までが保護期間であれば2033年末日迄権利は切れていないことになりますが、2018年12月29日までは保護期間は50年と定められていました。従って氏の著作の保護期間は2013年末日に満了しています。それ以降、保護期間延長の改正があってもその改正の効力が遡及することはありません。ですから『奇術種あかし』はすでにパブリックドメインです。ですから、例えば、これをコピーしてクラブの教材に使うことは自由ですし、pdfやeBookを作成してネットで頒布してもいいということになります。


柴田直光氏の『奇術種あかし』(初版)

 この種の本をeBookにしてネットでマジシャンの公共財として広める活動はアメリカでは珍しいことではありません。実際『奇術種あかし』は名著に恥じない素晴らしいもので、多くの人にとって学ぶ価値の高いものがいくつも収録されています。自由に使えるこのような教材があるということは、愛好家のすそ野を広げたり、マジック文化の健全なレベルアップにつなげたりする上で有難いことです。

 亡くなってから70年は経過していないものの、柴田直光の著作のように当時50年とされていた保護期間が満了しパブリックドメインになっているケースというのは1967年迄に亡くなった方の著作です(2021年現在)。著名な奇術家を調べてみるとあと二人程存在します。それは秦豊吉(1892-1956)と長谷川智(1912-1955)です。秦の活動は多方面にわたっていたため数多くの著作(翻訳本を含む)を残していますが、奇術に関係するものは極めて少なく、有名なものと言えば『明治奇術史』一つだけと言ってもいいかと思われますが、長谷川の方は日本奇術連盟を興し主幹としていくつもの講習テキストを準備したり、『奇術徒然草』という研究ノートを出したりしていますから、マジック史に興味のある方にとっては面白い資料です。例えば、長谷川智遺稿集を作って頒布するような活動は意味のあることかも知れません。

2.ほとんどのマジック本は自由には使えない

 奇術関係の著作(雑誌への寄稿文も同じ)で言えば、例えば緒方知三郎(1883-1973)がTAMCの会誌に寄せた随筆、石田天海(1889-1972)の『奇術五十年』や奇術研究等への寄稿文、更には有名な『天海メモ』などはいまだにパブリックドメインではありません。彼らの没後50年の時点での著作権の保護期間は70年に延長されているからです。有名な季刊雑誌『奇術研究』に掲載されたマジック解説や論文・随筆も同様で、ほとんどの寄稿作品や記事についてそっくりそのまま使うわけにはいきません。

 著作の多かった石川雅章(1898-1979)、坂本種芳(1898-1988)、柳沢義胤(1910-1982)、平岩白風(1909-2005)といった故人の著作も同様でいまだに保護期間は続いていて、相続人などに権利が移っていますから、現実には「引用」の範囲内での利用しかできないということになります。もちろん相続人等を特定できれば、許諾交渉を経て使用は可能ですが、あまり現実的とはいえません。

 また、没年が分からない場合は、保護期間の終了年自体が不明ですから使用に際しては慎重に考える必要があります。実際、国会図書館等では明治の著作でも著者が1950年代まで生存している可能性がある限りは、インターネット公開の対象からは除外しているようです。

3.もっと知って欲しい伝授本などの古典

 日本には世界のマジック界でもユニークな「伝授本」という誇るべき資産があります。これらはマジック史の観点で重要なのはいうまでもありませんが、解説されているトリック自体にはいまもなお人を楽しませることができるものがいくつもあります。例えば、外国の友人にこの本の存在を説明しながら演じて見せてみたらどんな反応を示すでしょうか。日本人が昔からマジックを見せ合って楽しむほどに文化水準の高い国であったことを知って驚いてもらえること請け合いです。世界の多くの人に知ってもらいたいものです。


『放下筌』の復刻版

 当然これらの伝授本はパブリックドメインです。復刻本が作られてマニアの間で頒布されたこともありましたが、広くダウンロードできるようにして、より多くの愛好家に活用してもらえるようになればその恩恵は多大です。ただ漢文の『神仙戯術』を例外として、ほとんどすべてが変体仮名を含んだ崩し字で書かれていますから判読するのは簡単ではありません。ところがその問題に果敢に挑戦した方がいます。多くの伝授本を翻刻(活字体にすること)し、更に現代語訳をつけるという大仕事を高田史郎が成し遂げています。1990年代後半に相次いで出された私家本がそれです。
 単に書き下し文にしたものや翻刻だけ行ったものは原著に対して「創作的な表現」をしたことには当たりませんから新たな著作権は発生しませんが、高田史郎が行った現代語訳とか注釈は新たな著作物ですから広く使うわけにはいきません。少部数発行の私家本であるが故に図書館で気楽に手にとることは難しいと思われますが、例えば国立劇場の伝統芸能資料館には所蔵されていますから閲覧・複写(一部に限られる)は可能です。

【2020-12-21記】