長谷和幸

第八回 トッド・ブラウニング
「帽子から飛び出した死(DVD)」

カーニバル興行を出自とするトッド・ブラウニングが自らの半生を活かしつつ映画監督を続け、「魔人ドラキュラ」でハリウッドの頂点を極めるが、次作「怪物団」でそのキャリアに終止符を打った、そこまでが前回の内容でした。

しかし「怪物団」の後、ブラウニングに監督のチャンスが全く巡って来なかった訳ではありません。

例えば1935年「古城の妖鬼」では、自らのサイレント作品‘London After Midnight’をリメイクしてみせます。これは、吸血鬼による殺人事件が連続し…という内容ですが、タイトルから想像されるような(原題は‘Mark of the Vampire’=吸血鬼の痕跡)怪奇映画ではなく、実は一種のミステリーです(未見の方のために、これ以上の詳細は控えます)。通常こうした結末は観客をがっかりさせがちですが、私はむしろこの作品は、ブラウニングの怪奇趣味とトリック好きがうまく融合した成功作だと思います。翌1936年の「悪魔の人形」は、人間を縮小する技術を発明した科学者が、縮小人間を自らの復讐のために利用する、異形のSFメロドラマです(元来は呪いにより人間を縮める純正ホラーだったが、呪いという設定が検閲を通らず、やむなくSF設定に変更された)。以上二作は、日本版DVDソフトが販売されています。

「古城の妖鬼」広告
同、スチール写真

そしてそのブラウニングに、最後にもう一度だけ、マジシャンとしての経歴・そのトリック嗜好を活かすチャンスが巡って来ます。それが、遺作となった1939年作品「帽子から飛び出した死(DVD)」です。(原題'Miracles for Sale')

同作は、大戦前の世界情勢もあり長らく本邦未公開でしたが、原題の直訳「奇蹟売ります」として、ファンはその噂のみ耳にしてきました。DVD発売が、本邦初公開となります。 「帽子から飛び出した死(DVD)」というDVDタイトルは、原作邦訳の小説名に由来します。おそらく、そのタイトルでは観客訴求力に欠けると判断し、映画化にあたってタイトルを変更したものと思われますが、「帽子から飛び出した死」同様「奇蹟売ります」なるタイトルも、映画内容にはほぼ全く関係がないのがたまに傷です。それもそのはず‘Miracles for Sale’とは、主人公の経営するマジックショップの、店先に掲げられたキャッチコピーの宣伝文句なのです。そのタイトルを、日本での発売にあたってわざわざ原作題名に戻されたソフトメーカーの担当者は、よほどの事情通の方なのでしょう。

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原作はクレイトン・ロースン。自身もアマチュア・マジシャンで、作中登場するグレート・マーリニは、おそらく最も有名な探偵役のマジシャンでしょう。私はこの小説を高校生の時に読んだのですが、私の読解力の無さでしょうか、複雑な構成で意味がよくわかりませんでした。書評によると“推理小説を読み込んだ読者向け”“トリックは凝っているが、著者にそれを表現するだけの文章力が無い”等の感想が目につきますので、あるいはそうしたこともあるのかもしれません。

但し有名な、ミスディレクションの原理に関連して円の直径を求めるクイズが登場するのがこの小説であり、その部分はとても印象に残っています。文庫版原作小説巻末の解説は高木重朗氏が執筆されていますが、マジックショップでロースンに会ったエピソード等の披靂に留まり、内容理解の一助となるものではありませんでした。(推理小説の解説では内容を明かさないのがマナーですから、これは高木氏の責任ではありません)

さて、映画版の「帽子から飛び出した死(DVD)」です。原作出版が1938年ですから、早くも翌年には映画化されたことになります。劇中主役の探偵役は、なぜか原作のマーリニからモーガンに変更されていますが、これはもしかするとまだ存命中だった実在のマジシャン、マックス・マリーニとの混同を避けるための配慮だったのかもしれません(作中のマジシャン、グレート・マーリニはアーサー王伝説に因んだMerlini、マックス・マリーニはMaliniですから、スペルは異なります)。因みにGreat Merliniは原作者ロースンがマジック書籍を執筆する際のペンネームでもあり、日本でも出版された書籍に「あなたもマジシャン」(東京堂出版)がありますが、残念ながら既に絶版です。

オカルト信者サバットが鍵の掛かった密室内で殺される。容疑者のマジシャン、タウロは走るタクシー内から忽然と姿を消し、自宅で死体となって発見されるが、その死体はわずかの隙に再び消え失せる。更にその死亡推定時刻は、モーガンがタウロと話したより前だった。霊媒ラポートは、殺されたサバットの幽霊を呼び出すが…。

サバットが殺されるまでに20分以上が経過しますが、そこから先はテンポ良く次々と怪事件が起こり、あの長大な原作が果たして約70分の上映時間に収まるのだろうか?という心配は杞憂に終わります。謎解きミステリーとしての完成度に関しては、その分野における知識が私には欠け、何しろそのトリックが作者の独創なのか既に過去にあるものなのかの判別すら付けられないほどですから、高木先生のひそみに倣い、内容についてこれ以上の言及は避けましょう。謎解きの多くは科白によってなされるため、英語に堪能な方以外は日本語字幕入りソフトでの観賞をお勧めします、とアドバイスするにとどめます。

映画は開巻まず戦場で、日本兵(?)に捕らえられた白人女性が木箱に入れられ、機関銃で箱ごと真っ二つにされる、というショッキングなシーンで幕を開けます。「何だかセット丸出しだし、背景の空も書き割りっぽいな…」と思いながら観ていると、突然スタッフが現れその背景幕を降ろして畳みます。これは全て、主人公モーガンによるマジックショーの一部だったというわけで、出だしは快調、さすがに黄金期ハリウッド・MGMの技術・演技水準は高く(同年のMGM代表作としては、「風と共に去りぬ」「オズの魔法使」等がある)、ブラウニングの娯楽職人としての確かな実力の程を思い知らされます。

「風と共に去りぬ」
「オズの魔法使」

終盤の降霊の特殊効果に関しても、当時の技術水準を考慮すれば上出来で、日本版DVDのジャケットにはこのシーンのコマ焼き写真が使用されています。
また、犯行トリックに当時まだ研究段階であったコンタクトレンズが、“見えない眼鏡”と呼ばれて利用されているのが印象に残ります。本作のメイクは、同年の「オズの魔法使」で有名な特殊メイクのパイオニア、ジャック・ドーン、変装のためカラーコンタクトレンズを着用したのは、ユニヴァーサル・ホラー「倫敦(ロンドン)の人狼」で映画史上初の狼男をやはり特殊メイクで演じた、ヘンリー・ハルでした。

「倫敦の人狼」

話をマジックに絞りましょう。 残念ながら正直に申し上げて、マジックのみに期待して観賞されるのは、控えられたほうが無難かと思われます。
いくつか具体例をあげましょう。劇中何度かマジックショーのシーンがありますが、その場面になるとショーの終わりの部分でマジックの内容は分からず、続けて会話のシーンになってしまいます(ただし、マジックが終わると袖からステージハンドが現れマジックテーブルを片付ける等、ブラウニングの演出はさすがに的確)。同様に何度か、原作通り読心術やメンタルカードマジックが演じられるシーンがあり、更にクライマックスは弾丸受け止めのアクトになりますが、これは演者も観客も役者の演じる役柄ですから不思議さはありません。

はからずも、小説中では印象的なメンタル・マジックも、映像や舞台の劇中演じられるトリックとしては相応しくないことを思い知らされるシーンとなりました。更に余談ながら弾丸受け止めは、マーリニが逆に犯人に仕掛けたトリックなのですが、このアイディアは江戸川乱歩の短編「赤い部屋」の結末に酷似しています(同短編の発表は1925年、但し英訳出版は1956年なため、これは偶然の一致と思われる)。戦場での人体切断も、箱の下には土嚢が積まれていますので、下半身は如何様にも隠せそうです。

また、タイプライターがひとりでに動き出し、予言を打つ現象の謎解きはあまりに呆気ないものです。ディナーのシーンで、モーガンが何度も角砂糖のポットを鮮やかに消してみせますが、よく観るとオーバーラップという映像技術が使われていることが分かります。ただし煙草と火の点いたマッチを取り出すシーンは見事です(もしかすると私は、MGM特殊効果班による水際だった映像技術に引っ掛かったのでしょうか?)。

それにひきかえ、ほんのコメディリリーフとして挟まれる、椅子に座った男性の頭部が消えるシーンは実際に演じられています。

「Headless Lady」

これは‘Headless Lady’等と呼ばれるイリュージョンですが、同年(1939年)のニューヨーク万博でも展示・実演され、そこで原作者ローソンと並んだ記念写真が残されています。ローソンはヘッドレス・レディを翌年の自作に登場させ、タイトルも「首のない女(The Headless Lady)」としました。さらにJ.N.ヒリアードの‘Greater Magic’にその解説があることでも知られます。ほんの短いシーンですが、貴重な映像です。これもまた、ブラウニングの愛好する鏡を用いたトリックですが、それにしてもブラウニングの映画には、冒頭の人体切断も含め、身体の一部が欠損する描写のなんと多いことでしょうか…。

またこの映画を語る際、枕詞のように付いて回るエピソードとして“劇中、何度かマジックの種明かしが行われるため、当時ブラウニングはP.C.A.M.(環太平洋アマチュア奇術家協会)からの抗議を受けた”というものがありますが、私の観る限り特にそれに該当するようなシーンは見当たりませんでした。あるいはそれは、前回御紹介した「見世物」と混同して話が伝わっているのかもしれません。

もしくは私の勉強不足で恐縮なのですが、観賞した本編68分に対して71分とする資料が多く、現在流通しているプリントは、該当部分がカットされている可能性も否定しきれません。もっとも私の観賞した映像は英語発声フランス語字幕でしたから、本来71分のヨーロッパ規格PALマスターをNTSCへ変換した結果、68分となった可能性が高いのですが。(PALマスターをアメリカや日本のテレビ規格NTSCに変換すると、4%ほど再生時間が短くなる)
なお当時の映画は一般的に、本当にメインの少数スタッフしかタイトル表記されないため、マジック指導・監修者は現在のところ不明です。劇中の描写から推察して、特にマジックの専門家を立てずブラウニング自身が直接指導した可能性もあります。

その後のブラウニングですが、同作を最後に1942年には引退、以降ほとんど隠遁したまま咽頭ガンを患い、1962年に亡くなりました。晩年には、声を出すこともままならなかったそうです。
カーニバルの呼び込みからキャリアをスタートさせ徐々に階段を上ってゆくが、運命の悪戯により表舞台から裏方に回って監督として成功、サイレント映画でキャリアを築いた後トーキーで良くも悪くも注目の人物となった大監督の、何とも皮肉な最期でした。

※参考文献:
 「フリークスを撮った男/トッド・ブラウニング伝」(デヴィッド・J・スカル エリアス・サヴァダ 水声社)

※参考文献:
「帽子から飛び出した死」DVD(ブロードウェイ)

※画像出典:
IMDb(Internet Movie Database)
English Language-Wikipedia

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