氣賀康夫

守銭奴の奇跡
(Misers Miracle)

<解説>

 マイザーズドリームというとネルソンダウンズが得意とした舞台でコインを次々と取り出す芸を意味しますが、マイザーズミラクルはアメリカの奇術界でダイバーノンもその創作力を評価したジェリー・アンドラスの名作クロ―スアップマジックの名称です。
 名前が似ているので混同しないようにしなければなりません。この奇術はいかにもアンドラスの創作らしいすぐれた手順で構成されています。密かに隠したものを手から手に手渡して隠すという作戦は誰でも考えますが、自然な動作でそれと感じさせないように演ずるアンドラスのアプローチはその後のコイン奇術研究に大いに影響を与えたと考えられます。
 手順に不満な個所は全く見当たらず、筆者もわずかな追加的工夫のほかは、原作を尊重して演ずるように心がけております。

<現象>

カードから不思議なことにコインが次々と登場します。その様子を連続写真でご紹介しましょう。

写真1
観客がトランプを指さす
写真2
術者はそのカードと…

写真3
隣のカードを取る
写真4
2枚を検めてから

写真5
重ねると中から1$銀貨が出て来る
写真6
カードを切り混ぜる

写真7
再びカードを指さす
写真8
また中から1$銀貨が出て来る

写真9
カードを1枚だけ持つ
写真10
カードを半分に折り

写真11
真ん中からちぎり
写真12
二片にする

写真13
二片を重ねると
写真14
ハーフダラーが出て来る

写真15
ニ片の片方を捨てて
写真16
残る切片を半分に折る

写真17
そして二つにちぎり
写真18
切り離す

写真19
1/4の切片から1$銀貨が登場!
写真20
銀貨は切片より大きい!

<この手順のプロット>

カード一組を取り出して、観客にカードを指ささせます。観客はカード奇術かと思いますが、指さしたカードと隣のカードと2枚を取り、両方とも裏表をよくあらためてから重ねてみると間から1$銀貨が現れます。
カードをよく切り、同じことをもう一度やるとまた1$銀貨が出現します。次にカードを1枚取り除き、残る1枚を二つに折り曲げてそれを二つの切片に切ります。
切片2枚をよく検めますが、その中から銀貨が登場します。(原案ではこれも1$銀貨ですが、筆者は演出上、ここで出現させるのは50セント銀貨(ハーフダラー)にしています。)
最後に切片の一方を捨てて、残った切片(カードの1/4のサイズ)を二つに折り、切断します。するとその間からまた1$銀貨が登場します。(原案では出現するコインは4枚とも1$銀貨ですが、筆者の演出では、観客は最後にコインが出て来るとすれば、25セント銀貨(クォーター)だろうと想像するでしょう。そこで1$銀貨が出てくるクライマックスの方が、意外性があると考えました。

<用具>

1.主役のコインはここで提案の手順では1$銀貨3枚とハーフダラー銀貨1枚です。

2.カードは必ずブリッジサイズを使います。ポーカーサイズでは効果が半減します。

3.筆者はカードに一個所だけ仕掛けをします。それは2枚のカードの上端と右側をメンディングテープ(セロテープでも代用できる)で止めただけのものです。

4.アンドラスはポケットや膝に取り出すべきコインを隠しておくのですが、筆者は専用のセルバンテという種をボール紙で手作製して使うことをお勧めします。
これはハーフダラーと1$貨との2枚をスムーズにロードする目的とする簡単な入れ物ですが、裏に両面セロテープを貼っておき、演技の直前に観客に気付かれないように両面テープのビニールカバーを取り去って、セルバンテをテーブルの手前端にピッタリと貼りつけます。
そこから第三段のハーフダラーと第四段の1$銀貨をロードすると動作がスムーズで自然に演技ができます。

<準備>

1.前述の種カードに1$銀貨をセットしてから一組のボトムにそれを置き、ケースに入れておきます。それを右ポケットに用意します。<写真21>

写真21

2.最初の1$銀貨はあらかじめ、左ポケットに準備します。

3.演技に先立ち、セルバンテに1$銀貨とハーフダラー銀貨を入れて、テーブルの手前端にセットします。<写真22>

写真22

<方法>

1.左ポケットに左手を入れ、コインをフィンガーパームし、その手をポケットから出します。
右手で右ポケットに入れ、そこからカードケースを取り、ポケットから手を出します。ケースから一組のカードを取り出してそれを左手に持ちます。このとき、ボトムにセットされている種からコインが出て来ないように注意しなければいけません。

2.ここでカードを少しシャフルします。これはカードを立てず、水平にしたままオーバーハンドシャフルするのがよいでしょう。<写真23>次に両手の間にカードを広げます。このとき左手のコインは指先で持つようにします。ボトムの種は左下が開いていますから、カードは右上を下げ気味にするのが安全だと覚えておくといいでしょう。
ここで観客の一人に一枚のカードを指さしてもらいます。

写真23

3.観客がカードを指さしたら、そのカードの下に左手の中指でコインを移動してやり、それを右手の中指で保持します。そして、そのカードより下のカード全部を左手で左方向に移動して、それをテーブルの脇に置きます。<写真24>


写真24

4.ここからが大切な動作ですが、まず、左手で観客が選んだカード(右手のカードの一番下)を取ります。そのとき、左手の拇指をカードの表側にあて、四指をカードの裏に当てるようにします。<写真25>そして、左手を返して、そのカードを表向きにして、元の位置に戻します。そのカードはコインの上に差し込まれることになります。<写真26>

写真25
写真26

5.この瞬間に右手中指のコインを左に押して、左手中指で受け取ります。そして右手を返して裏向きのカード全体を表向きにして、その一番上のカードを左手のカードの上に押し出して、左手のカードの上に取ります。<写真27>この流れるような動作にあわせて、「お客様が選んだカードは○○、次のカードは××」と二枚のカードの名前を確認します。

写真27

6.次に、右手の向きを直して、残りのカード裏向きし、それを左にどけておいた半分のカードの上にポンと乗せてしまいます。

7.このとき、左手には二枚の表向きのカードがありますが、実はその下にコインが一枚隠されているのです。ここで右手で上のカードを取りにいきます。拇指が裏側で四指が表側に当たります。
そして、右手を返して、そのカードを裏返し、左手のカードの上にずらせて重ね、その瞬間に左手のコインを右手に移動します。<写真28>

写真28

8.そして、左手で左手のカードを左方向にやや引き、そのカードの裏表をあらためます。

9.ここで左手のカードの上に右手のカードを重ねます。このとき、右のカードの下に隠れていたコインは二枚のカードに挟まれるようになります。<写真29>

写真29

10.二枚のカードの左右の側を両手の指で持ち、上のカードを5mm程度手前に引いておいて、向う側を下げるようにすると、中のコインがテーブルの上にチャリンと転がり出るでしょう。

<第二段>

11.コインをテーブルの右に退けて、使った2枚のカードを一組の上の乗せて、カード全体を取りあげ、左手に持ちます。そして、この一組を普通にオーバーハンドシャフルで切ります。切り始めは一組の下半分くらいを右手に取ります。そうすると、ボトムに隠してあったコインが重みで左側に自然に出て来ますからそのまま左手に収まることになるでしょう。

12.ここからは、第一段と全く同じ手続きをふみ、その演技を繰り返します。そして、最後に二枚のカードの間にコインが隠れている状態で、今度はカード二枚を重ねて右手に持ち、それを左に傾けてコインが滑り出るようにします。
そして、コインがテーブルの上に出る瞬間、空いた左手をテーブルの端に何気なく位置させ、その拇指で用意していたハーフダラー銀貨をセルバンテから密かにその手に取ります。<写真30>そして、二枚のカードをその上に保持します。

写真30

<第三段>

13.第三段からは雰囲気が最初の二段とはがらりと変わります。この後半の二段はアンドラスの才能を十分に発揮した巧妙な手順となっています。
テーブルの上のコインを右にどけます。手の2枚のカードのうち上の一枚を表向きにします。そして、上のカードを右手で右に引き、コインをその下に密かに取ります。左手で残るカードを他のカードに加えてしまいます。

14.右手のカードの下にはコインが隠されていますが、それを一旦左手で持ち、右手でカードを起こしてそれが垂直で横向きになるようにします。
コインは手前に隠れている状態です。<写真31>

写真31

15.ここで、コインをカードの裏の左半分の位置に移動し、それを左拇指で確保したまま、右手の四指でカードの右端を向うに押して、カードを半分に折ってしまいます。<写真32>折ると左側でカードの両端が揃う感じになります。右手で右側を拇指と他の指でおさえて、折り目を確実にします。<写真33>

写真32
写真33

16.そうしたら、カードを再び広げ、両手でカードを上からビリビリと二つにちぎっていきます。
ちぎり終わる寸前にカードの一番下だけが少しつながっているだけの状態にして、ちょっと動作を休め、右手を一旦はなし、右手の拇指をカードの向こう側、四指をこちら側に当てて、持ち直し、カードの右半分を下に捻って、左右を完全に分断します。<写真34>

写真34

17.このとき、左手を時計の反対方向に90度回転させると、右手がカードの右半分をちぎり終わった瞬間に、二つの切片が揃うような位置に来ます。
このとき、左手の半分の右側(今まで下側だった辺)と右手の半分の切断面の間に隙間がないようにして、左手の拇 指で隠していたコインを右手の切片の後ろに移動してしまいます。<写真35>

写真35

18.さらに動作を続けて、右手の切片を手前に引き、左手はむこうに押し出します。ここで、左手の切片をクルリと表返して、それを右手の切片の手前に重ねます。

19.いまや、コインは二枚の切片に完全に挟まれています。そこで、右手を下げてカードを水平にしてテーブルの近くに持ってきて、指の力を緩めます。すると、カードの間からコインがテーブルの上に滑り出るでしょう。

20.この瞬間に左手は最後の1$銀貨をセルバンテから密かにとって、指で保持します。

<第四段>

21.左手の指の上に乗っているコインの上に二枚の切片を置きます。

22.右手で上の一枚を取り、それを裏表よくみせてから、それを左手の一枚の右にずらせて重ね、左手の中指でコインを右に押し出し、それを右手の一枚の下に確保します。そして、左手で左の一枚を左方向にやや引き、そこで左手を返して、それが裏返るようにしながら、その食指を伸ばして右手の方を指差し、「このカードの切れ端を使いましょう。」と言います。<写真36>
そして、その切片をテーブルの左の方にどけてしまいます。

写真36

23.右手で残る切片を垂直にします。表が観客の方を向き、コインは手前に隠されている状態になります。
このとき、カードの切断面が上向きか下向きになっていることが大切です。このとき、ブリッジサイズのカードの半分が一ドル銀貨を隠すのに丁度ギリギリの大きさなのです。

24.左手でカードを保持し、その拇指でコインを左方向にずらしながら、右手で切片の右半分を向うに押しで、切片を二つに折ります。これは第三段でもやった動作と同じですが、第三段では、隠されたコインは左手の半分に隠すことができました。
ところがこの第四段では、切片が小さいので、左半分にコインを隠すことができません。それで、コインを密かに左拇指で左方向にずらせておいたのです。カードを折った瞬間はまだコインは左手側にずれて位置しています。<写真37>

写真37

25.右手の指で折り目を確実にしてから、その折り目の位置を右指で持ち、左手の拇指でコインを右方向に移動させて右指で保持します。そして、左手の食指を切片の左側から二枚の間に差し込みます。<写真38>

写真38

26.ここで、コインを右手拇指で左方向に移動し、左手拇指でささえおいて、右手をはなして、折りたたんだ向こう側をつかみ、その位置をもとの右に戻します。<写真39>

写真39

27.両手で切片を折り目にそってさらに半分に引きちぎります。ただし、カードが完全に分離する直前で動作を止め、コインを裏で左手から右手に移動します。<写真40>

写真40

28.そして、右手を手前に引き、左手を向うに押し出して、切片を完全に二つに切り離し、左手の切れ端を右手の切れ端の上に重ねます。このサイズになると、もはや、コインはその切片では完全に覆い隠すことができません。コインは切片より右方向にはみ出している状態です。
そこで、そのはみ出した個所を右手の拇指で完全に覆い、右手を下げて切片を水平にします。<写真41>

写真41

29.指を緩め、コインが切片の左側からテーブルの上に滑り落ちるようにします。観客が物事を先回りして考えると、ここで登場するかもしれないコインは25セント銀貨(クォーター)ですから、小さな切片からまた大きな1$銀貨が出で来るので度肝を抜かれることでしょう。

30.これでこの奇術は終わりですが、最後に切片をコインの上に置いてみて、コインが切片より大きくて、それでコインを隠すことができないことを強調します。

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