氣賀康夫

富は富を生む
(Money Produces Money)

<解説>

 筆者が力書房「奇術研究」にこの手順を発表したのは1966年です。すると、「お札とコイン」の奇術を研究しはじめてから、はや45年が経過しようとしていることになります。
 この奇術創作のきっかけは、たまたまレクチャーのため来日したジェリー・アンドラスとの交流でした。彼は「お札とコイン」というテーマにテーブルに分厚いマットを敷いて演ずる手順を考えていましたが、私は裸のテーブルで演ずる方法を模索していたのでした。そのときは将来作品を紹介し合おうと合意してお別れしたのでした。最近さらに磨きあげて完成したのが以下の手順です。

<効果>


連続写真でその印象をお示ししましょう。

写真1
札入れから
写真2
千円札を取り出し

写真3
三等分に折りたたむと…
写真4
千円銀貨が出て来る!

写真5
お札に銀貨を乗せて
写真6
それを中にお札を折りたたむと…

写真7
銀貨が2枚になる!
写真8
お札を検め

写真9
銀貨を1枚入れてお札を畳む
写真10
すると銀貨が1枚!

写真11
さらに2枚目が登場する!
写真12
種明かしを始めるという

写真13
「中に1枚隠しています」
写真14
「これで演じます」

写真15
「1枚出るのは当然です」
写真16
「おや2枚目ですね!」

写真17
まだまだ現れます 
写真18
あらあらこれはきりがありません

<使用するコイン>

千円札を使い、コインとしてはオリンピック千円銀貨を用いるとなかなか効果的です。それが必要枚数揃わない場合には、1$紙幣とハーフダラーで演じてもいいと思います。

<準備>

この手順では、コインの補給が必要であり、常識的には上着の左ポケットから密かにコインを取るのが普通の発想でしょう。
しかし、筆者は、その効果を美しく仕上げる目的で、コインを補給するための簡単な種の使用を工夫しています。それはボール紙で簡単に手製で作ることができるセルバンテであり、演技に先立って、それを目立たないようにテーブルの手前にそっと貼りつけるのがいいと思います。このためには両面セロテープのお世話になります。その構造を<写真19>にお示ししておきます。
ここで大切なことは右側の銀貨5枚を収納する部分は手前に30度くらい傾斜している構造になっていることです。この工夫により、左手の中指を5枚の銀貨とテーブルの縁との間に差し込んで、銀貨5枚をスムーズに取ることが可能になります。

写真19

そのほか、上着の左ポケットにコインを2枚、右ポケットに1枚用意しておきます。なお、使うべきお札はあらかじめ巾を三等分するように折り畳み、折り癖をつけてから広げておくのが賢明です。そしてそれを財布の中に用意しておきます。そのお札の下にコインを1枚密かに用意しておきます。

<手順>

<第一段>

1.左手に財布をもち、右手で中から無造作に千円札を取り出しつつ、それと気づかれないように千円札の裏にコインを隠し取ることがまず第一歩です。

2.財布を片付け、お札を右手で持ち、左手の掌の上に平らに置きます。このときコインはお札の裏に隠れています。

3.ここで、お札を右手で挟み持とうとします。拇指がお札の下、中指がお札の上になります。そして、コインは右手の拇指で確保します。

4.右手でお札を垂直にして観客に示します。コインは右手の拇指が確保しています。<写真20>

写真20

5.ここで、左手でお札の左端をつかみます。そして左右の手を近づけ、コインを密かに左手の拇指にゆだねます。<写真21> そして、両手でお札をピンピンと左右に引っ張ります。これはお札をピンと広げようとする動作ですが、その動作が終わったとき、自然に右手がお札から離れるようにすることが大切です。<写真22>

写真21
写真22

6.ここで、右手でお札の右2/3を向こう側に折り曲げ、そのまま左方向に折り畳みます。<写真23>

写真23

7.折り終ったら、折り目を右手で持ち、左手を放し、直ちにお札の左端を持ちます。<写真24>そして、右手の拇指を伸ばして、お札の裏のコインを左手の拇指にゆだねます。<写真25>

写真24
写真25

8.そうしたら、今度は右手をお札から放し、お札の右側の折り目がしっかりつくように指でお札をよく押さえます。<写真26>

写真26

9.このとき、左手の拇指を伸ばして裏に隠されたコインがお札の折り目の中に入るようにしむけます。<写真27>

写真27

10.ここで、お札の右側の折り目の部分を右指でつかみます。拇指が向こう側、他の指が手前側に当たります。<写真28>

写真28

11.この右手を返して、お札を180度回転させます。<写真29>そうしたら、今度は左手でお札の左1/3を向こう側に折り畳みます。<写真30>これによってお札は巾の1/3の大きさに畳まれたことになります。これを右手の指で持ちます。

写真29
写真30

12.右手の指の力を緩めるとコインがスルリとテーブルの上に落ちます。観客には空のお札からコインが突然出現してように見えるでしょう。二川滋夫氏のコイン奇術解説書の処女作「コインマジック」にはこのコインの出現が丁寧に解説されています。

13.ただし、この手順においては、このコインの出現は全手順のイントロ部分に使われているので、コインが出現した瞬間に、左手は次のコインを一枚補給する必要があります。筆者愛用のセルバンテを使う場合、左手の拇指がテーブルの手前端でコインを一枚そっと引きあげて確保することになります。

<第二段>

14.左手にコインをフィンガーパームして、その上にお札を平らに置きます。このとき、お札の下で密かに左手の食指と小指の先がほとんどくっつくようにします。<写真31>右手でテーブルの上のコインを拾いあげ、それをお札の中央に無造作に放ります。お札の下で、左手の食指と小指の先をつけるようにしたお陰で、お札の下のコインはお札から離れているので、二枚のコインがぶつかる音がすることはありません。

写真31

15.右手の拇指をお札の下に回してお札の下のコインを確保し、中指で上のコインを押さえて、そのままお札を垂直にします。<写真32>そして、左手でお札の左1/3を向うに折り畳み、続いて右手で同じ動作でお札の右1/3を向うに折り畳み、お札を1/3巾の筒状にします。ただし、手前側に一枚のコインが隠されています。<写真33>

写真32
写真33

16.これを右手で保持し、指を緩めると、テーブルの上に2枚のコインがチャリンと落ちることになるでしょう。

<第三段>

17.お札をテーブルに置き、左右の手で二枚のコインを一枚ずつ拾って示します。そして、上着の左ポケットに視線を送り、そこに左手のコインを入れるふりをして、実際にはそれをフィンガーパームしてポケットから手を出してきます。次に右手に視線を送り、そのコインを一旦テーブルに置き、その手でお札を取りあげて左手の掌の上に平らに置きます。
そして、左手食指だけをお札の上に出して、右手でお札の向こう端を摘み、それを手前に引きます。<写真34>すると、お札の表裏が逆転することになりますが、その下に隠されているコインは見えることはありません。<写真35>

写真34
写真35

18.ここで、お札の下になった左拇指をお札の上に戻します。<写真36>そして、右手で出現したコインをテーブルから取りあげて、静かにお札の上に置きます。

写真36

19.さて、ここで、右手でお札を2枚のコインで挟むように拇指でお札の下のコインをささえ、中指でお札の上のコインをささえます。そして、それを両方ともお札の手前の方向に引いてきて、右手でお札を垂直にします。<写真37>

写真37

20.この位置で、右手の拇指を上に、中指を下にずらせます。そうすると2枚のコインの位置が上下にずれることになるでしょう。

21.このまま左手でお札の左2/3を向こう側に折り畳み、コインを持つ手を左手に変更します。このときコインが音をたてないように注意する必要があります。<写真38>

写真38

22.次に、右手で右に突き出したお札の1/3部分を手前に折り畳み、手前に隠れていたコインがお札の筒の中に入るようにします。<写真39>

写真39

23.このお札の筒を最後に右手で持ちます。このときは、右手の掌が観客の方を向くようにして、手前に食指と中指を当てます。その二本の指はお札の中のコインを別々に一枚ずつおさえこむようになります。お札の向こう側には拇指が当たっています。<写真40>

写真40

24.そのまま、右手を180度返し、拇指が手前になるようにします。<写真41>

写真41

25.お札の筒を縦に保持し、右手の中指をまず緩める。当然、コイン1枚がテーブルの上に落ちます。そして、少し間をおいて、右手の食指を緩めると、次のコインがテーブルの上に落ちます。

<第四段>

26.ここで、「では、今ご覧になった手品がどうしてできるかをご説明いたしましょう。」と言い、お札を一旦テーブルの上に置き、左手を上着の左ポケットにつっこみ、左手はポケットのなかでコインが音をたてないように静かに2枚のコインをフィンガーパームします。
そして、首を傾げながら、右手を上着の右ポケットに入れて、左手はそっとポケットから出します。そして、右手で1枚のコインを取り出してきて、それを示し、「これが種です。」と言いながらそれをテーブルの上に一旦置きます。
右手でお札を取りあげて、左手(コインをフィンガーパームしている)の上に平らに置きます。そして、右手でテーブルの上のポケットから取り出したコインを拾いあげて、お札の上に静かに置きます。
そして、同じ手でテーブルの上のコインをもう1枚拾い、お札の上に置きます。ただし、このときは2枚のコインは位置がずれて、右側のコインが上になるように位置させます。<写真42>

写真42

27.ここで、右手でお札の上端と下端を摘み、それでコインを覆うようにします。<写真43>このときは、コインがしっかり包まれるようにする必要はなく、コインが軽くお札に包まるくらいで十分です。そして、「実は、手品師はこのように、1枚のコインをお札でくるむように見せかけて、密かに2枚をくるむのです。」と説明します。

写真43

28.次に、右手の拇指をお札の筒の中に差込み、一枚のコインをお札の中から外に抜き取る動作を行うのですが、実際には右手の中指の先で、お札の下に隠されている2枚のコインのうちの下のコインをさっと抜き出して、それをテーブルの上に置きます。<写真44>

写真44

29.この瞬間までは、沢山隠し持っているコインがいくらか音をたててもいい理屈ですが、一枚のコインを抜いてからは、コインが音を立ててはおかしいので、音がしないように最大限の注意を払う必要があります。

30.ここで、「したがって、コインが1枚このように出てきても、中にはまだコインが残っているわけです。」と説明を続け、この説明に合わせて、お札の右側が観客の方を向くようにして、右手の指でお札の端を少しめくりあげて、中のコインが1枚だけ見えるようにします。<写真45>このとき、左側に隠れているコインは左手の拇指で押さえこんで、見せないように注意する必要があります。

写真45

31.次に、右手の拇指をお札の下に回し、お札の下のコインを支えるようにして、お札の中のコインを右食指(左側)と中指(右側)でお札の上から押さえ込みます。<写真46>

写真46

32.この右手のおさえ方がしっかりしていればコイン3枚が音を立てる心配はありません。そこで、このお札を垂直に持ちます。<写真47>このとき、観客はお札の中にはコインが1枚しかないと思っているのですが、実は3枚のコインが隠されているわけです。この瞬間は、その3枚が右手の拇指、食指、中指でそれぞれささえられています。

写真47

33.いよいよクライマックスです。まず、右手の中指を緩めるとコインが1枚テーブルの上に落ちます。「するとこのようにコインが出現させることができます。」と説明をします。これは観客も予想していることです。

34.次に右手の拇指を緩めると、第二のコインがテーブルの上に落ちます。これには、観客もびっくりするでしょう。

35.観客が第二のコインで驚いた瞬間に、間髪を入れず、右手の食指を緩めると、さらにもう一枚の第三のコインがテーブルの上に落ちてきます。このときは、術者も自分でびっくりしたという表情をするといいと思います。この瞬間が、左手が最後のコイン5枚を密かに取りフィンガーパームする絶好のタイミングです。

36.そして、この手順の最後では、コインの出現を奇術として凝った見せ方をすべき場面ではありません。したがって、空になったコインの筒を右手から左手に持ち変えて、右食指でテーブルの上を指差し、「どういうわけかコインがずいぶん出てきましたね。」と言いながら<写真48>次の瞬間に左手の握りを緩めて、保持していた5枚のコインを全部次々とジャラジャラテーブルの上に落ちるようにするだけで演出は十分です。観客は直前に奇術が終わったと思っているので、このクライマックスに度肝を抜かれることになるでしょう。術者も「あれあれ!」と一緒に驚いてみせるのが効果的です。

写真48

第18回                 第20回