氣賀康夫

グラス・コイン・ハンカチ
(A Glass, Coins and a Handkerchief)

<解説>

 マジックラビリンスのこのシリーズで取りあげているコイン奇術は、ほとんどがテーブル上で演技されるクロースアップマジックですが、この作品だけは小舞台向きの奇術(サロンマジック、パーティーマジック、クラブアクトとも呼ぶ)です。観客の規模は数名から40名くらいまでが理想でしょう。
 「コインとハンカチ」は多くの研究家が好む小品奇術のテーマであり、これまでにいろいろな手法が開発されていますが、小舞台で演ずるのに適する決定版の手順は確立されていません。筆者はコイン・マジック・マスター・クラスと称する小人数の研究会を催していますが、この手順はそこでのメンバーのご協力を得て完成を見ることに至ったものです。大変実用的な手順です。研究に値する素材になると思います。

<現象>

ハンカチからコインが現れたり、消えたり、増えたり、移動したり、貫通したりと不思議な現象が次々と起こります。最後には超大型のコインが出現してクライマックスに至ります。
おおよその進行を連続写真でご覧にいれます。

写真1
グラス、ハンカチはあるが
写真2
コインがない

写真3
突然コインが登場します!
写真4
コインをハンカチに入れる

写真5
開くとコインがない
写真6
消えてしまいました!

写真7
ポケットにありました!
写真8
まだあります!

写真9
きりがありません!
写真10
日の出です

写真11
太陽は
写真12
夜は地球の下にいます

写真13
朝、鳥が鳴くと
写真14
太陽が出てきます!

写真15
ハンカチには穴はありません
写真16
次は夕日です

写真17
日の入りです
写真18
日が沈みました

写真19
手を返すと
写真20
コインはハンカチの中です

写真21
外に出てきました!
写真22
雨の日の話です

写真23
コインはハンカチの中です
写真24
消えました!

写真25
四隅を畳み
写真26
逆さにすると

写真27
コインが再登場します!
写真28
太陽の話は終わり

写真29
お月様の話にします
写真30
薄曇りのおぼろ月は素敵ですね

写真31
薄雲がかかっていると
写真32
月は見えません

写真33
雲が晴れると月が見えますが…
写真34
また雲の陰になります 

写真35
また月が出てきました!
写真36
月が太陽と一緒になると…

写真37
日食となります
写真38
月が太陽を隠すのです

写真39
ここに太陽がありますが…
写真40
全く見えません

写真41
内ポケットに…
写真42
ありました

写真43
コインをグラスにいれます
写真44
左手にハンカをかけ

写真45
コインを1枚取ります
写真46
このコインを

写真47
ハンカチに入れて
写真48
おまじないをかけると…

写真49
何と、こんな大きな太陽が出てきました

<用具>

1.コイン:筆者がこの奇術に最適と考えるのは、アメリカの1ドル銀貨です。使うコインの数は4枚です。クロースアップの演技ではないので、舞台用の1ドル銀貨サイズのパーミングコイン(奇術用具として提供されている薄手の模造コイン)を用いるのもいいと思います。

2.ハンカチ:木綿製の平凡なものがよく、色は白でもよいでしょう。また逆に暗い色、例えば濃紺のような色のものいいと思います。サイズは一辺が45cmくらいの大きめのハンカチがいいでしょう。なお、シルクは軽すぎるし、透き通るのであまり好ましくありません。

3.ジャンボコイン:最後に取り出すジャンボコインは奇術用具としても手に入りますが、大きなメダルでも代用できます。またボール紙を丸く切り抜き、凹凸をデザインしてから銀紙を貼って作るという方法もありえります。

4.グラス一個:これは浅いシャンパングラスが適当です。それはコインの存在が観客に見えやすいこと、また置くのにも、取りあげるのにも動作が容易であることがメリットです。ただし、最近流行気味の背の高いシャンパングラスはこの目的には適しません。

<準備>

1.ジャンボコインはワイシャツの胸ポケットに準備します。

2.上着の胸ポケットにティッシュペーパーを丸めて入れておきます。これは胸ポケットがペチャンコでない方が後で都合がいいからです。

3.上着の左内ポケットにコインを1枚用意します。なお、演技をスムーズにする目的でこの(1)と(3)の準備のために上着の左内ポケットあたりに二つの専用のポケットを作って縫い付けておくのは素晴らしい案であり、これはお勧めです。

4.上着左ポケットにコインを2枚入れておきます。なお、この2枚は擦れるときに音がしないように表裏の表面に透明なセロテープを貼っておくことをお勧めします。

5.ハンカチを丁寧に畳み、その一隅が1cm程度首を出すように胸のポケットに入れておきます。

6. 観客の前に登場する直前に左手にコイン1枚をフィンガーパームしておきます。

<方法>

<第一段> プロローグ

以下で説明する手順の演出は一つの案に過ぎません。好みによっては台詞なしで、音楽伴奏付きのパントマイムという演出も考えられるでしょう。

1.右手にシャンパングラスを持って登場し、舞台中央に立ち一礼し、グラスをテーブルに置きます。そして「グラス、コイン、ハンカチーフという三題話をしたいのです。テーブルにグラスがあり、ハンカチはここにあります。」と言い、術者は胸のポケットに視線を送り、右手でハンカチの端をつかみ、そのハンカチを引き出して、一振りします。

2.このとき、右手は拇指と食指、中指でハンカチを軽く持つのがいいでしょう。<写真50>そして、左手の拇指と食指ですぐその下の左側をつまみ持ち、そこからハンカチを左にしごきます。左手がハンカチの隣の隅のところまで来たら、両手でハンカチを振り、それをよく見せて検めます。<写真51>
コインは左手のフィンガーパームで保持したままであり、観客からは見えない位置になっています。

写真50
写真51

3.そのままの左手の位置と右手の位置を入れ替えてハンカチが張るようにするとハンカチの裏をあらためることができます。<写真52>このときも、コインは観客からは見えない位置になっています。次に、手を元の<写真51>の位置に戻します。これでハンカチの表裏をあらためたことになります。「グラスとハンカチはこれで整いましたが、どうもコインが見当たりません。そういう場合どうするのがいいか、考えましょう。」と言います。

写真52

4.そうしたら、今度は右手をハンカチから放し、ハンカチが左手にぶら下がるようにします。このときは、左手は拇指と食指だけでハンカチを持つようにします。すると中指、薬指、小指がハンカチの手前に来ます。その薬指がフィンガーパームのコインを保持しているわけです。

5.左手で摘まんでいるハンカチの位置のすぐ下の向こう側に右手の四指を回し、拇指を手前にしてハンカチが右手の拇指と食指で作る輪の中に垂れている状態にして、その右手を下にしごいて真下に抜きます。<写真53>これは左手が持っているハンカチを右手がしごく動作に見えるでしょう。この動作をあと二回繰り返してから右手を開き、手が空であることを見せ、次にその右手の掌を上に向けてハンカチの中央の真後ろあたりに構えます。
そして、密かに左手のフィンガーパ-ムの握りを緩め、コインが下に落ちるようにしむけ、落ちてきたコインを右手で受け取ります。<写真54>このコインの動きはすべてハンカチの陰になっているので、観客からは見えません。そのためには両手の位置に注意が必要です。その注意を怠るとコインが落ちるところを観客に見つけられます。

写真53
写真54

6.右手がコインを受け取ったら、左手を手前に引き、ハンカチを右手に掛けてしまいます。この一連の動作では、コインを落とすときに手の動作が止まってはいけません。全体がよどみのないスムーズな連続した動きにならなければならないのです。

7.そうしたら、左手はハンカチの垂れている四隅のうちの左側に位置する隅を掴みます。<写真55>

写真55

8.その間に右手はコインを拇指と食指の先に持ちかえておきます。

9.準備が整ったら、左手でハンカチを勢いよく左に引きます。すると右手の指先にコインが突然出現したように見えます。そうしたら、ハンカチを右腕に掛けて、右手のコインをグラスにチャリンと落とします。

<第二段> コインの戯れ

10.両手でハンカチを広げて、それを空中に浮かせつつ左手を素早くハンカチの下に入れて、ハンカチが左手にかかるようにします。このとき左手は掌が上向きで指も上を向いていることが大切です。そして、ここからは体をやや左半身にします。

11.右手の拇指と食指とでグラスのコインを取りあげます。大切なことはコインを右手の拇指と食指だけで持つことです。中指、薬指、小指は食指に添えてあるだけです。コインは右手の拇指、食指が作るU字形に平行になっています。この姿勢は、天海トス(天海ドロップ)の準備です。なお、この姿勢を作るのは右手だけで行う必要があります。左手を補助に使ってはいけません。

12.ここからの天海トスの要点を説明します。右手のコインを表が観客の方を向くように構え、右手の小指が左手の四指にハンカチを通して触れるくらいのところに持ってきます。<写真56>そこで右手拇指を緩め、そこにあったコインがパタンと90度後方に倒れて、右手の中指、薬指の上に着地するようにします。そのタイミングで左手をハンカチごと握ります。<写真57>

写真56
写真57

するとコインがハンカチを持っている左手に手渡されたように見えるはずです。大切なことはこの動作の後、右手のコインが観客の視線から隠れるという角度の調整です。<写真58>ここまで来たら、右手は一旦力を抜いて体の右側にブランと下げておくのがいいでしょう。右手を長時間中空に構えたままにするのは不自然です。

写真58

13.次に右手の指先でハンカチの右側にある隅を掴み、ハンカチを右に引きます。ハンカチを取り去られた左手を広げて、その手の表裏を検めら、空であることを示します。<写真59>

写真59

14.そして、ハンカチを持っている右手はハンカチを上下に一振りします。

15.これで天海トスによりコインの消滅が演出されたことになりますが、ここから術者はコインを続けて3枚出現させます。

16.そのために、まず、右手のハンカチを左手に手渡し、コインをパームしている右手で上着の右ポケットのところをポンポンと叩きます。続けて、ハンカチを右手に戻し、今度は左手で上着の左ポケットのところをポンポンと叩き、うなずいてから、左手を上着の左ポケットに入れて、そこで1枚のコインをフィンガーパームし、もう1枚を指先に持ってポケットから手を出します。そして指先のコインを観客によく示します。<写真60>このコインをグラスにチャリンと入れます。

写真60

17.次に両手でハンカチを広げて検めてみせ、直ちにそれを右手にかけます。そして、右手のコインを指先に持ちかえてから左手でハンカチを左方向に引き去ります。右手にコインが出現したようにみえます。このコインをよく見せてからグラスに入れます。

18.最後は、左右逆の同じ動作で、ハンカチを左手にかけてから、ハンカチを右手で右方向に引き去り、左手のコインを指先に持ってそれを示します。コインがまた出現したように見えます。術者はそのコインをグラスに入れて「これはいくらやってもキリがありません。明日の朝まででも続けることができます。ではそれではお客様が退屈ですから、この辺でいいにいたしましょう。」と言います。

<第三段> 朝日の話

この部分で使う技法はよく知られたコインのフェイク・ピックアップの応用です。

19.両手でハンカチを検めてから、ハンカチを浮かせて左手を下に入れ、ハンカチが左手にかかるようにします。グラスのコインを1枚取り、右手に持ち、その表面がキラキラ光ることを観客に見せます。そして「このコインはよく光るでしょう。あたかも月か太陽のようです。それではここで朝日のお話をいたしましょう。」と言います。

20.コインをハンカチの中央に置きます。このコインを置くとき、右手はコインを拇指、食指で持ちますので中指、薬指、小指が空いています。そこで、その三本の指でハンカチの上から、左手の拇指と四指の間を下向きに押すようにします。するとその位置にハンカチの溝ができあがります。<写真61>コインはその溝の上の位置に左手の拇指と中指とハンカチを通して保持される結果となります。

写真61

21.このときの状況を詳しく説明すると、仮に左拇指の押さえる力を緩めたならば、コインが垂直に真下に落ちて、完全に溝に隠れてしまうという状態です。この動作は何度か試せば要領が掴めるでしょう。

22.ここで、左手が持っているコインを右手で取りあげる動作をします。ただし、それはジェスチャーであり、実際には左手の指を緩めてコインがハンカチの中に収まるようにしむけます。このとき、右手でコインを持っているように思わせるべく、その手を10cmくらい右上に動かし、そこで一旦止めてその手をよく示します。<写真62>次に、それを左手のハンカチの下からハンカチの中に持って来ます。そして、コインをそこに置いてくる動作をして、空の右手をハンカチの下から出してきます。

写真62

23.右手の掌を観客の方に向けて食指を立てて、次の話をします。「太陽はこのように夜は地球の裏側に隠れていますが、朝になり鳥の声がすると、それを聞いて太陽が昇ってきます。ご覧ください。」と言います。そして口笛で小鳥の鳴き声を真似します。この口笛に合わせて、コインがハンカチを通りぬけて上にあがってくるのですが、その操作をするのは左手の薬指の働きです。この場面ではコインが上がってくるところを術者もじっと見ているのがいいでしょう。コインが100%出てきたところで、それを右手の拇指と食指でつまみあげ、観客によく示してからグラスにチャリンと入れます。

24.そして、両手でハンカチを広げ、穴などがないことを示します。

25.「先ほど、鳥が鳴くと太陽が昇って来ると申しあげましたが、厳密にいうと、それは間違いであり、太陽が昇って来るから鳥が鳴くというのが正しい理解のようです。」と言います。

<第四段> 夕日の話

この部分では、「天海のコインの貫通」の方法を活用します。

26.ハンカチを左手に掛けて、その上のコインを置くところ、そしてその動作で溝を作るところまでは前段と同じです。 ここで「次に夕日のお話をいたします。夕日のときも鳥が鳴きますが、それは朝と違う鳥です。」と言い、術者は裏声で「カア、カア」とカラスの鳴きまねをします。

27.今度は右手の拇指と食指でコインを下に押し込む動作を行います。この動作によって、最初は丸く見えていたコインがまず半月状に見える状態になるでしょう。 このとき「このように夕日はだんだんと地平線に隠れて行きます。」と言います。

28. 次に、同じ動作でコインをさらに押し込むように見せかけるのですが、今度は右手の食指と中指の先の指骨の間にコインを密かに挟みとってしまいます。<写真63>そして左手を10cm程度下にさげると、観客からはコインが見えない状態になるので、観客は術者の右手がコインを左手に押し込んだのだと考えるでしょう。

写真63

29.そこで、指先が上方向を向いていた左手を180度時計の方向に素早く回転するように勢いよく振ります。すると、左手の指先が下方向を向くようになり、左手が完全に見えるようになり、ハンカチはその指から下に垂れ下がった状態になります。観客はそのハンカチの中にコインがあると考えますが、実はコインは右手が確保しているのです。<写真64>

写真64

30.次に、右手の四指をそのままハンカチの向こう側に持って来ます。このとき右手拇指はハンカチの手前に位置させます。これは左手のハンカチとコインを右手で掴もうとする動作です。

31.このとき、右手の四指をさらに曲げると、食指と中指が挟んでいたコインがハンカチの左側を回って手前側に来ることになるでしょう。<写真65>

写真65

32.そこでそのコインを左手の拇指で押さえ込むと、コインはハンカチの上の部分の裏側に落ちつくことになります。その瞬間、右手の指を筒状にして下に向かってハンカチをグイとしごきます。

33.しごき終わった右手をさらにハンカチの下の方の位置でぐるぐると回します。その向きはハンカチの下側から見ると時計の方向、ハンカチの上側から見ると時計の反対方向です。このハンカチをしごき、さらにねじるという動作は、観客から見ると、コインを左手で保持して右手でハンカチをそれによく巻きつけようとする動作に見えます。

34.この動作が終ったら右手を一旦放します。すると巻きつけられたハンカチは自然にほどけるようになるでしょう。それはそれでかまわないのです。

35.次に、右手での拇指と食指の先でハンカチの上の部分(ハンカチの真中あたりになっている)を摘まみます。そして、裏にあるコインは左手の拇指と食指によって保持されるようにします。

36.そして、術者は一旦視線を観客の方に送り、左手とコインを動かさずに、ハンカチを持った右手をゆっくりと右に30cm程度動かし、術者はそれに伴って首を右に動かし、ここで視線を右手に送ります。

37. そして、右手の食指でコインを持っていると思っている右手のハンカチの部分を上からぽんぽんと食指で探る動作をします。

38.しかし、そこにはコインはありません。そこで、術者は眉をひそめ、当惑した表情を浮かべます。

39.首を左に回し、視線が左手のコインに到達するようにします。そして、コインがそこにあることに気づき驚いた芝居をします。それは首をすくめる動作と、口をぽかんと開ける表情で演出します。それを見て観客はクスクスと笑うでしょう。左手のコインをグラスに落とします。

<第五段> 雨の日の太陽

ここで用いられる手法は筆者が開発した新しいスリービングの技法です。これほど失敗が少なく、かつ効果的なスリービングは恐らく他にあまり例がないでしょう。ここでの手の動きは、「朝日の話」の手の動きとほぼ同じですが、現象は異なります。

40.ハンカチを広げて左手に掛けて、コインをそこに置くところまでは朝日の話のときと同じです。そして、「では、今度は雨に日のことをお話します。」と言います。

41.右手でハンカチの上のコインを取りあげます。このときはコインが少しちらつくくらいが適当です。それをよく示してから、ハンカチの下に入れます。この動作も「朝日の話」のときと同じ動作です。ところが、ここで右手は新しい秘密の動作を実行します。それは右手が本当にコインを取り、それ示したら、左手のハンカチの中に持っていき、そこで右手のコインを左手の袖にそっと落し込んでしまうという作戦です。落とす位置は左手の掌の側にします。その方が後が楽なのです。

42.なお、コインを袖に落すときの右手の位置は想定位置よりかなり下の位置になります。そこで、コインを袖に落とす瞬間に、ハンカチの中で左手の四指を急にピンと上に伸ばすのが賢い作戦です。この動作はハンカチを通して観客に見えるのですが、その動きがコインを左手が受け取ったことを示唆する効果を生みます。

43.コインが無事左袖の中に落ちたら、ただちに右手をハンカチの下から出し、その拇指と食指でハンカチの一番上の本来コインがあるべきハンカチの中央の個所をつまみます。そして、左手もハンカチの外に出して、それをそのまま左手で待つようにします。

44.そして、ハンカチの右側にある一隅を右手で摘み、左手をそっと放すとハンカチが垂れて、コインが消えたように見えます。そこで、両手でハンカチをよく検めますが、コインはどこにも見当たりません。ただし、このとき、両手の位置をだいたい術者の首の高さくらいに保つことが大切です。手が下がり過ぎると袖のコインが落ちることがあるから注意を要します。ここで、術者はコインが無いことに当惑した態度を示します。そして、「雨の日はどこを見ても太陽が見当たりません。」と説明します。

45.右手で持っている隅を左手に手渡します。<写真66>このとき、左手が摘まんでいる隅をAと呼びましょう。ハンカチが垂れているので、Aの対角の隅Cは一番下に位置し、残る二つ隅B、 Dは中間の高さに位置します。

写真66

46.ここからの動作が大切です。
①まず、左手のAの位置を首の高さくらいに保ったまま、右手で隅Cを摘みあげて隅Aと位置を合せ、それを右手で摘み持ちます。
②次に左手で隅Bを摘まんで隅A、Cと合わせる動作を行うのですが、このとき普通に動作すると、左手が下がりすぎて、左袖のコインが転がり出てきてしまう危険があります。それを避けるためには、まず、左手をBの高さまで下げてBを摘まむのではなく、その代わりに、右手を引き上げて、Bが元のAの高さに来るようにするのがコツです。そして、左手がBを摘んだら、今度はその手を上げるのではなく、それを止めたままにしておいて、右手を相対的に下げるようにして、左手の摘まんでいるBを右手に手渡します。
③最後にA、B、Cを左手に手渡し、右手で隅Dを摘みあげて、それを左手に手渡します。この最後の動作は、普通の動作で差し支えありません。

47.この時点では左手が四隅を摘まんでいる状態なので、ハンカチの中央は下に垂れています。この状態で空いている右手でハンカチの中央を下からポンポンと叩いてみせ、そこに何かあるかを確認するように装います。<写真67>ただし、これはジェスチャーだけであり、ハンカチの中には何もありません。

写真67

48.ここで、右手でハンカチの中央の何かがある振りをした個所を掴みあげます。次に、この右手をやや持ちあげ気味にして、それを注視し、左手をそっと放し、その手が術者の左わきに自然に垂れ下がるようにします。すると、左手が下がったので、袖のコインが自動的に左手の中に落ちてきます。それを左手で受け止めて、それをそのままフィンガーパームしておきます。なお、このコインを受け取るときには、左手の指だけを曲げるようにし、手首を曲げないことが大切です。

49.右手で持っているハンカチの中央を左手に手渡し、左手は拇指と食指だけでそこを摘まみ、中指、薬指、小指はハンカチの手前に位置するように構えます。 左手をやや高く構え、右手は掌を上に向けてハンカチの真下に持って来ます。そして、左手のフィンガーパームを放してやるとコインはハンカチの手前側で落下しますから、それを右手の掌でキャッチします。<写真68>受け取る位置はハンカチの下端よりさらに下が理想です。右手のコインを観客によく示し、それをグラスにチャリンと落とします。

写真68

<第六段> おぼろ月

次の演技は古典的なコインの貫通の方法ですが、ハンドリングには従来の方法にはない細心の配慮がなされています。そしてそのハンドリングが伏線となって、その次のコインの完全消滅が効果的に演出されることになります。

50. ハンカチの隅を左手で取り、それを右手に手渡しますが、このとき、右手は食指と中指の間にハンカチの隅を挟み持つようにします。

51. グラスのコインを左手に取り、指先でそれを観客によく見せます。 「それではコインを変えて、お月様の話を少しいたしましょう。お月様が一番美しい のは、薄い雲がかかっているおぼろ月のときです。」と説明します。

52. コインを持ったままの左手を右手の持っているハンカチの隅のすぐ下の位置に持ってきて、その左手の食指と中指でハンカチの布を挟むように確保し、それを左に引きます。<写真69>この動作により、ハンカチが両手の間に広がりますが、実はこの間、コインが自然に観客の視界からは見えない状態になります。<写真70>

写真69
写真70

53. ここで、そのままハンカチを浮かして、左手をハンカチの真下に入れて、ハンカチが左手に完全に掛かるようにします。この動作は「朝日の話」のときと同じように見えても構いません。

54. ただし、ここでコインの位置をハンカチの中央よりやや観客寄りの位置に調整します。この配慮が次の動作を自然に見せるコツとなります。

55. その位置で、右手拇指でコインの手前を押さえ、その上にハンカチの中の左拇指を持ってきてハンカチを通してコインを押さえます。これも忘れてはいけない手続きです。そして、右手食指でハンカチの上からポンポンと叩き、そこにコインがあるのを確認するように装います。
「薄い雲がかかっていると、雲を通してお月様がいることはわかるのですが、お月様を直接見ることはできません。」と言います。

56. 次に、右手でハンカチの観客側に垂れている隅を摘みあげ、それを上から手前まで引いてきます。すると左手のコインが裸で観客に見える状態になります。この瞬間に、右手は密かにハンカチの手前側の隅を掴みます。<写真71 X印>
「このように雲が晴れると美しいお月様が直接見えます。」と説明します。
そして掴んだ隅を持って、ハンカチを再びコインに掛ける動作を行います。ところが、もともとハンカチの向こう側にあった隅だけでなく、それと一緒に手前の隅も一緒に掴みあげて左手に掛けてしまったので、コインはハンカチのこちら側に出て来てしまうことになります。<写真72>しかし、ハンカチの手前隅は向こう側の隅よりも長目に調整してあったおかげで、右手で掛けたハンカチの隅が最初の向こう側の隅のように見えるため、観客はコインが手前にきていることに気が付きません。 「お月様はまた雲に隠れました。」と言います。

写真71
写真72

57.ここで、右手の拇指と食指でハンカチの上とコインをつまみ、左手を真下に抜きます。このとき、左手は簡単に手前に出られる状態にありますが、本当は手前には出られないはずですから、左手は手前方向でなく、ハンカチの真下に向かって抜かなければいけません。

58.右手にハンカチとコインを持ったまま、裏側も見せることができます。その動作をしたいときは、ハンカチの布がコインを覆っていることを確認してから実行します。

59.指でコインの皮をむくかのような動作でハンカチの布をめくり、コインを取り出してしまうのが効果的です。
「こうするとお月様を100%確実に見ることができます。」と言います。

60.コインを観客に示してから、グラスに落とし、両手でハンカチを広げます。すると、その真中に穴があるというようなことがない事が確認できます。

<第七段> 日食の太陽

この段ではコインの完全な消滅が演出されます。前段の動作と全く同じに見える動作の流れの中で、コインが見事に処理されるところに注目頂きたいと思います。これが二つの段を続けて演ずる理由です。

61.「お月様はときどき太陽の手前に来ることがあります。そうすると月が邪魔になって太陽が見えなくなります。これを日食と言います。それでは次に日食をご覧にいれましょう。」と言います。ここで再び前段と同じように左手の拇指と食指でコインを保持し、右手は食指と中指の間にハンカチの一隅を挟み持ちます。そして、前段と同じ動作で左手の食指と中指でそのすぐ下の左側を挟み持ち、それを左に引いて、ハンカチを広げる動作をします。

62.前段ではこのとき左拇指、食指がコインを持ったままでしたが、ここでは、この動作のときに、左手が持っていたコインを密かに右手の拇指と食指の間に手渡してしまうのです。この動作は、丁度コインがハンカチの陰になるときに、自然な動作の流れの中で行われるので観客には気づかれないのです。<写真73>

写真73

63.そうしたら、前段と全く同じように、ハンカチを左手に掛ける動作を実行するのですが、このとき右手とコインが丁度、術者の胸のポケットの上に来るように位置をコントロールして、コインを一瞬で胸ポケットの中にそっと落してしまうというのがここでの作戦です。そのために胸のポケットにあらかじめティッシュペーパーの玉を入れておいたのでした。

64.さて、コインが胸ポケットに落ちたら、右手はその位置に留まっていてはいけません。一瞬で、右手はハンカチの一番上(コインがあるはずの位置)をつまみに行きます。この動作は観客から見ると、コインをハンカチの上からつかもうとしているように見えるでしょう。

65.そうしたら、両手でハンカチを180度回転させてハンカチが右手に掛かるようにします。すると左手がハンカチの上に出て来ることになります。ただちに左手をハンカチの中央から放し、その手でハンカチの左に垂れている隅をつかみます。

66.そして、右手をハンカチから放します。するとコインが跡形もなく消えたように見えます。

67.そこで両手でハンカチの隅を持ち換えたりして、両手が空であることを公明正大に示します。
「日食のときは、まるで太陽がなくなってしまったように感じられます。でも心配は要りません。時間がたつと太陽は再び現れます。」と言います。

<第八段> コーダ

68.左手の拇指と四指でハンカチの一隅を持ちます。左手の上に隅が少しだけ見えていて、ハンカチ本体が左手の下に垂れるのが標準です。<写真74>

写真74

69.ここで、術者は右手で上着の左内ポケットにあるものを取りに行く動作を行います。

70.そのためにまずハンカチを持った左手の拇指と食指で上着の左襟(lapel)を持ちあげます。そして右手を懐に入れて、まず内ポケットのコインを素早くフィンガーパームし、続けて同じ手にワイシャツの胸ポケットのジャンボコインを持ちます。この二つの動作を早くやるための細工については準備のところで触れましたのでご参照ください。

71.そして、ここからが大切なのですが、その右手を時計と反対方向に180度回転させ、掌が外側を向くようにしてその手を懐の外に出そうとします。そのとき右手が掴んでいるジャンボコインを密かに左手の中指、薬指に手渡してしまいます。<写真75>そして、その右手は手の向きを元に直しつつ懐から出しきて、パームしていたコインを指先に持ってそれを観客に示すようにします。ここでは体を右半身気味にするのが有効です。

写真75

72. 右手のコインをグラスに入れますが、その動作のとき、左手を襟から静かに放します。ジャンボコインはその左手の中指、薬指、小指でしっかり確保されています。<写真76>

写真76

73.いまや空になった右手でハンカチの右側に位置する隅をつまみ、それでハンカチを左手に掛けるようにします。<写真77>

写真77

74.右手でグラスのコインを一枚取りあげる動作をします。ただし、グラスに複数のコインが入っているので、実は、コイン数枚を一旦掴み、それをジャラジャラとグラスの落としてしまい、手にはコインを一枚も取らないようにします。この動作はグラスのコインを一枚手に取るためのごく自然な動作に見えます。

75.そして、そのコインを持っている振りをしている右手を掲げて、そこにコインがあるように装い「このコインをハンカチの下に入れます。」と言い、右手をハンカチの下に入れてコインを左手に手渡すように振舞います。

76.次に、右手をハンカチの下から出し、その手でおまじないに指を鳴らします。

77.右手でハンカチの右側の隅を掴みます。その間に左手はジャンボコインを指先に持つようにします。

78.そしてハンカチを右手で右方向にサッと引きます。この瞬間は、術者は観客の方に視線を送っているのがいいでしょう。

79.術者が視線を左手に移し、そこに大きなコインがあることに驚く芝居をします。そのためには肩をすくめ、「あっ!」と言って口を開けるのがいいでしょう。

80.ハンカチを左腕にかけて、右手のジャンボコインを取り、それをグラスに入れようとしますが、それは無理です。無理なことに気が付き仕方なくジャンボコインを手にしたまま正面に向かって一礼して演技を終了します。

第19回                 第21回