松山光伸

マジッククラブ再考

海外のマジックブースの模様
海外のマジックブースの模様

 マジックブームだといわれた時期がいままで何度かあった。また最近ではクロースアップも広く放映されているので愛好家は増えているはずだ。ところが会員がどんどん増えているクラブというのはあまり聞かない。手品には興味があっても入りたいクラブがないと感じている人が多いのか、それとも増える愛好家のニーズはクラブ以外のところで満たされているということなのであろうか。一方、多くのクラブでは会員数を伸ばしたり若返りを望んだりしているところが多いという。ここは腰をすえて考える余地が多そうだ。

海外のレクチャーの模様
海外のレクチャーの模様

 古今東西、奇術の世界に入ってくるキッカケというのは、マジック用品売場や、テレビの演技や友人が見せてくれた手品で触発されたというのがほとんどだ。そして実際に学ぼうとすると、クラブやカルチャーセンターに入る人がいままでは多かった。そしてそこで先輩や詳しい人と知り合いになってそのまま長期会員になってレパートリーを増やしたり、新しい情報に触れたりするというのが従来の平均的な愛好家の姿といっていいだろう。

 ところが現在では教材はどこにもあふれ、DVDのような映像も多く出回る時代になった。インターネットで情報収集も容易で、その気になれば海外に直接注文をして好きなトリックを手に入れることも可能である。だんだんと業界事情が分かってくるに連れ、いっそのことどの会にも属さないほうがのびのび活動できて居心地がいいと感じるマジシャンも増えてくる。クラブの存在意義は薄れてしまったのだろうか。いやクラブに加入することの意義やクラブだからこそ可能なことはいくつかある。

  1. 一人では出来ないことをクラブに入ることで実現できること。
     一般的にはステージ発表会がこれに当たる。ステージに立ちたい人や多くの人に見せる実践感覚を身に付けるにはそのような場が必要なため、多くのクラブでは発表会の開催を活動の中心にすえている。ただ、ステージに立ちたいと思っている人がどのくらいいるかは再検討が必要だ。
     多くの場合、結婚式やパーティで気の利いたことをしたいとか、人間関係を築く上で印象に残るような人物でありたいなどと思って手品に興味をもったはずだからである。
  2. 経験や力量豊かな会員の結束が充実した活動を可能にしてくれること。
     クラブが出来てしばらくの間は創設者による指導会のような性格が強いのが普通である。ただこれはいつまでも続かない。むしろ多様な知識や経験を積んだ中核層がそれぞれの得意分野での指導を任されるような運営こそが永続的に会を維持する上では重要になってくる。また外部からのゲストの招聘などを複数の幹部が働きかければ会の活動は充実していく。
     ただこれにはリーダー層のモチベーションや活力を引き出すための民主的で組織的な運営が成功のカギになる。
  3. 手品以外の持ち味を生かした充実活動と、社交機能の発揮。
     同じ趣味を持つ会員間の世代を超えた交流や、本業の強みを発揮した運営(財務・Web・定例会企画・会誌)こそがクラブの本質である。
     いずれも一人ではできないことばかりである。如何にチエを出し実践できるかによって会の活動への参加率は上がり、一体感も高まって、満足度は向上する。またこれによって会の特徴も出てくる。

優れた人材の確保

 加えて、最も重要なことは、所属する会を誇りに思えることである。できれば優れたマジシャンが何人もいることが理想である。折に触れて彼らの話を聞いたりアドバイスを受けられたりできる会となれば、所属する価値は計り知れず加入したいと思わせる大きな要因になる。

ザ・マジック・サークル本部
ザ・マジック・サークル本部

 これで思い浮かぶのは世界のリーディング・クラブといわれる「ザ・マジック・サークル」である。3段階の会員レベルを設け、最上級レベルには多くのトップクラスの会員を擁し、その中には、ポール・ダニエルズ、デビッド・カッパーフィールド、ランス・バートンなどの顔ぶれも見られるという豪華さである。そこではプロ・アマの区分による入会制限はなく、実質的にマジックのレベルアップや会の運営に力を発揮してくれる人を組織の中にうまく配置し、いまなお会は成長発展しているのである。同じレベルのことはできないにしても他のクラブでもその考え方は参考になるところが多い。

 実は、世界のマジック界にはプロだけの組織というのはほとんど例がない。日本には日本奇術協会というプロの組織があるが、これはもともと松旭斎一門を中心とした親睦や互助を目的として発足したためでむしろ例外である。実際、マジッククラブではプロとアマを分けることは基本的に難しい。例えば、プロというのは「手品を職業としている人」というのが最も分りやすいが、世の中にはセミプロという人がいる。純粋なプロよりも数としては多いはずで、またそこまで行かなくとも時々手品でお礼をもらうような人はかなりの数存在する。仮に世の中にプロとアマの2つの組織しかないとなると、彼らはプロの会とアマの会のどちらの方が居心地がいいのだろうか。どちらも居心地が悪く、クラブには居場所がないと感じている人も多いのではないだろうか。

 一方、アマだけのクラブというのはどうだろう。仮にそこに属していた熱心な愛好家がいたとしよう。本業があるからこそアマなのであるが、もし本業を退職したらどうなるのだろうか。生計の元になる職業がなくなるのだから対外的にはプロ(セミプロ)を自認した方が本人にとっては好都合な場合もあるだろう。会としても積極的にそれを後押ししてあげられればシニアメンバーの活力はきっと増すに違いない。また、転職が珍しくなくなった昨今では当座のあいだ副収入で稼ぐ人が出てもおかしくない。その場合はプロの名刺を持って活動する方が自然なはずだ。

 プロでなくアマチュアであることに誇りを持っている人は多いが、その一方でアマでも旺盛なプロ魂を持った方も多い。また、手品を仕事にしている人の中には、デーラーやクリエーター(創案者)もいるはずだ。その仕事が生計上の主たるものであれば疑いなくプロと言っていいだろう。中には演じる立場でなくともプロデュースする立場で職業として関わる人もいるはずだし、海外では手品専門の出版社もあるくらいだ。上述のザ・マジック・サークルに限らず世界の多くのクラブではそのような多種多様なマジシャンが会の様々な活動に力を貸すなど相乗的な活力を発揮している。どうやら、プロ、セミプロ、アマが混在し多様性を認めることの方が組織として強靭だといえそうなのである。

 日本の場合、こういった様々な層が混在しているクラブは極めて少ない。それは当初はクラブに入った人でも、プロ志向が強い会員の場合は一旦売れるようになると会から離れていくからであり、また発表会等で演ずることに興味のないコレクター、研究者、ディーラー等もクラブから距離を置く傾向が強いからである。当然、アマでも永続的にクラブに残り続ける意味を見出す人は限られる。実力者でありながら会から距離を置くこれらの層を積極的に招聘するとともに、離れていく中核層やリーダー層のモチベーションを高めクラブの中で縦横に力を発揮してもらうことにこそ会が更に発展するカギが隠されているといえるのではないだろうか。

ショーの模様

 コンベンションのようなイベントの場だけではなく、クラブ運営を通じて多様なマジック関係者と愛好家が親しく交流する場を提供できれば、マジック愛好家人口の拡大や業界の健全な底上げが出来るはずで、ひいては優秀な人材の輩出も比例して多くなるに違いない。

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