土屋理義

マジックグッズ・コレクション
第22回

3冊の錠前付きマジック本

ウィル・ゴールドストン

 20世紀の初め、ウィル・ゴールドストン(Will Goldston 1878~1948)が書いた3冊の錠前付きマジック本ほど、マジック界で話題になった書物はありません。 プロマジシャンとしてスタートし、その後にディーラー(ロンドンにあったGamageデパートの奇術道具販売)となり、50冊におよぶマジック本の著者、マジシャンズクラブの主宰者でもありました。

3冊の錠前付きマジック本 (左から1冊目、2冊目、3冊目)

 最初の本は”Exclusive Magical Secrets”の名で1912年に売り出されました。えんじ色の革張りで、506頁におよぶ大著の「まえがき」は、有名な「モダン・マジック」を著したプロフェッサー・ホフマンが書いています。発行部数は1,000部、1冊25シリングというそれまでで一番高価なマジック本でした。
 購入者の名前が本の表紙に金箔で押され、発行の通し番号が入っています。購入申込者は、本に書かれたマジックのタネを他人に洩らさないという宣誓書にサインをし、もし購入者が亡くなった場合には、出版元への返却を要請、その代わり本代は返戻するとしたのです。非常に高額ではありましたが、1,000部刷られたため、決して稀少本ではありませんでした。
 内容は、ポケットトリック、サロン、ステージ、コメディーマジック、フーディニの脱出術やチャン・リン・スーの中国風マジック、ジャグリング、オートマタ(サイコの自動人形)、イリュ―ジョン(「美女とライオン」の早変わり-The Lady and the Lion)など幅広く網羅し、詳細な図版と共に記述されています。

  
<「美女とライオン」の早変わりの図版1>
<「美女とライオン」の早変わりの図版2>

<「美女とライオン」の早変わりの図版3>

 その時代、創作されたマジックのタネは、プロマジシャンの間で堅く秘密にされ、非常に価値のあるものでした。そのため、錠前と鍵を付けることは、タネを盗み見されるのを防ぐとともに、人々にタネを知りたいという興味をそそらせ、購入者にある種の優越感を抱かせるのに充分でした。
 2冊目の本は”More Exclusive Magical Secrets”(490頁)として、1921年に発行されました。最初の本は完売したと宣伝されましたが、実際には売れ残ったと言われています。2冊目の発行部数は公表されていませんが、500部くらいではなかったかと思われます。
 有名マジシャンによる「まえがき」はなく、亡くなった過去の名だたるプロマジシャンたち(ドコルタ、マスケリン、チャン・リン・スーなど)に捧げる一文が付いています。というのも1冊目に書かれたチャン・リン・スーなどのイリュージョンの多くが、その発明者、演者の了承を得ないで仕掛けが公開された、との非難を受けたためでしょう。ゴールドストンは、「言葉巧みに有名なプロマジシャンやその助手たちに近づき、タネを手に入れると、きびすを返して去っていく人物」として、多くのマジシャンに思われていたからです。
 記載内容は前冊とは異なるものの、構成はほぼ同じです。「Chinese Tricks」の項に、「水芸」(The Water Trick)の仕掛けが紹介されています。太夫たちが日本人女性、“からかい”役が中国人で描かれています。

  
<「水芸」の図版1>
<「水芸」の図版2>

  
<「水芸」の図版3>
<「水芸」の図版4>

 3冊目は”Further Exclusive Magical Secrets”(361頁)の名で、1927年に500部限定で出版されました。知人のClaxton Turnerという人(プロマジシャンではない)が、ゴールドストンを讃える7頁におよぶ長い推薦文を書いています。マッチや煙草、シンブル、お札、指輪、ハンカチを使ったスライハンドや、カードマジック、舞台奇術、心霊術など前の2冊とは異なったマジックが掲載されています。しかしものによっては現象を記すだけで、タネ明かしがヒント的に書かれているものもあります。下図は、フーディニも演じて見せた大きな「ミルク缶からの脱出」(The Milk Can Escape)で、蓋ではなく缶の上部が、そのまま内部から上に外すことが出来る仕掛けです。

  
<「ミルク缶からの脱出」の図版1>
<「ミルク缶からの脱出」の図版2>

 3冊の中、後の2冊は稀少本となっていますが、総じて装丁が悪いため落丁したり、表紙の革が薄いため表面が傷ついているものが多く、特に1冊目の状態の良い本には、めったにお目にかかれません。1977年に1冊目の復刻本が発売され、その後3冊全てのPDF再生版が販売されました。
 錠前と鍵は付いていませんが、ゴールドストンはこの3冊のシリーズに続く最後の本として、1937年に”Great Magicians’Tricks”(397頁)という大著を出版しています。「まえがき」は、一座をひきいて世界中を巡業した「大魔術黄金時代」を代表するHorace Goldinでした。

Great Magicians’ Tricks(厚さ7センチ)

GMTの挿絵

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