古川令

学生時代のオリジナル技法について

 以前にOsaka Billと呼ばれるお札のプロダクションが、私が学生時代に改案した技術である事を紹介しました。その後ある研究熱心な方がレクチャービデオ “The Osaka Bills by John Gallo”のGallo氏にコンタクトしたところ、「大阪で働いていた1974年に大阪のアマチュアマジシャンが支払いの際に見せてくれ、その後それをヒントに改案した」との事で、Gallo氏がOsaka Billの命名者である事が判りました。

 ちなみに私が学生時代にコーチから原案を見せて頂いて改案したのは1975年で、1976年の演技の写真と映像が残っています。Gallo氏のEl Duco’sMagicからのビデオの発売が1999年です。私の技法は仲間にレクチャーしましたのでGallo氏がその話を聞いた可能性も否定はできませんが、しかし基本的に簡単なアイデアなので、おそらく同じ原案を見てそれぞれが思いついたのでしょう。
 改めて原案との比較を考えると、親指の入れ方の違いだけで、クロースアップ的な現象をプロダクション技法に変えたのが大きな変化という見方もできます。

 

 上左の写真が映像も残っているOsaka Billでのジャンボカードの1枚出しです(1976年秋)。当時はリチャード・ロスのジャンボカードでのマニピュレーションにインスパイヤされ、ミリオンカードの手順にジャンボカードのプロダクションを入れる事を考えました。1枚出しにはOsaka Billの技法が使えたので、新たに考える必要があったのがファンプロダクションでした。
 右の写真は、そのジャンボカードの連続ファンプロダクションです。原理的には、現在のジャンボカード、マンモスカードと同じですが、当時は左右交互の出現でした。パーム不要の方法なので、マンモスカードでもそのまま可能ですが、当時はそこまで踏み込まずに満足してしまった事が今から思えば悔やまれます。当時はコンテストなどもほとんどなく、3年の学外発表会で引退という風土でした。コンテストチャレンジが当たり前の今の環境が羨ましく思います。

 Osaka Billと同様に、一瞬で改案を思いついたのが、体を回転させない土星カードです。1976年春の大学の銀杏祭が初お披露目でした。サークルのメンバーを驚かそうと、リチャード・ロスの方法を直前の練習で見せたら「なんで体を回転させるの?」と言われました。それならとジャリの位置を変えただけで完成し、銀杏祭のステージで演じました。
 大学卒業以降は、まったく一人でミリオンカードの研究開発をしてますが、やはり個人の力には限界もあり、客観的な意見や指導も仰げる環境が望ましいと思います。

 

 上の写真の右手のジャンボファンから一枚抜き取ったカードを、そのままスピンさせて体の周りを1回転、それをキャッチした瞬間が右の写真です。手順の初めのブーメランカード(飛ばしたカードが戻る)が見事な布石で、ほとんどの観客がテクニックと思ったようで、物凄い反応にステージで驚きました。
 この方法もOsaka Billと同様に他にも考えた人がいたかも知れませんが、こちらも私より昔の情報はなく、私のオリジナルと考える今では汎用的な技法です。その一方で、学生時代の発案技法でまだ誰にも完全にはコピーされていないのが、フロントパームからのファンプロダクションです。カードを捨てる前後にファンの表裏を示す事ができる唯一の方法と自負しています。1982年頃に考えたカードスピンからのファンも真似する人がほとんどない完全なオリジナル技法ですが、今はさらにその先の新技開発を目指しています。他の人でも思いついて、多くの人に使われる技法もいいですが、インパクトのある現象で教えても簡単にはできない技法の開発が私の目標です。なかなかゴールが見えない世界です。

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